| かつては「人口爆発」が,そして現代では「人口減少」が,重大な危機として社会に浮上している.人口が増えたり減ったりすることは,社会においていかなる問題として捉えられてきたのか.経済学の歴史を振り返ると,それは制度や統治という問題圏と常に重なり合いながら論じられてきた.本書はその道のりを,社会思想史の底流にある大きな流れとして描き出す挑戦である――. |
人口をめぐる議論は,社会はいかに人間を数え,支配し再生産するのかという問いと直結している.人間を数量化する思想の系譜をたどる人口という概念は,当初から政治的操作の対象であった.第1章に登場するウィリアム・ペティ(William Petty)は,人口を国力と見なした初期の代表的人物である.ペティが17世紀に試みた政治算術(Political Arithmetick)こそ,近代的データ主義の祖型であり,現在の国勢調査やGDPの萌芽を含んでいた.
今日の少子化対策や出生率予測も,突き詰めれば数で社会を制御する発想の延長線上にある.トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus)に至ると,人口論は一転して倫理的・宗教的な問題を帯びる.『人口論』は,啓蒙の楽天主義に冷水を浴びせた書であった.マルサスは「人口は幾何級数的に増加し,食糧は算術級数的にしか増えない」と断じ,飢餓や貧困を自然の抑制として容認した.チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)が進化論を着想したのは,ビーグル号航海の折にこのマルサスを読んだことが契機であった.
生存競争の思想は,実は人口理論から発火していたのである.一方,ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)はマルサスを高く評価し,人口減少こそが近代社会の新たな危機だと見抜いていた.第一次大戦後のヨーロッパにおける出生率低下を分析し,人口転換期の出生率低下と長期停滞を結びつけた先見性は,成熟社会における人口減少と消費停滞であり,今日の日本社会に驚くほど当て嵌まる.本書の白眉は,こうした思想家たちの断片を統治の思想史として一貫して読み解いている点にある.
人口というものは,とりわけ現在の日本において喫緊の問題となっているが,それはわたしたちが社会をいかなるものとして捉え,統治するかという問題と表裏一体となっている.アダム・スミス,マルサス,ミル,ケインズ――本書でたどる彼らの思想的格闘のあとは,いまわたしたちがまさに直面する危機を考えるにあたり,見逃すことのできない発見をもたらすだろう
経済的変数としての人口とは,社会をいかに設計するかの思想的地図という視点であった.スミスの「見えざる手」,マルサスの「自然の制限」,ケインズの「国家による介入」――結局はいかに人々を生かすか/殺さないかという統治の問題に還元される.現代の人口減少社会論は,出生率や移民政策をめぐる短期的議論に終始しがちである.しかし本書が示す通り,それは近代が孕んだ「人間を測定可能な存在」とする思想の帰結である.
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原題: 人口の経済学―平等の構想と統治をめぐる思想史
著者: 野原慎司
ISBN: 4065297494
© 2022 講談社
