| 藩の要職を務める寺井家の一人娘として生まれ,幼い頃から父に剣の手ほどきを受けてきた以登.下級武士の三男だが,藩内随一の剣士と噂される江口孫四郎.初めて出逢った満開の桜の下で,二人は試合を約束する.数日後,竹刀を合わせた瞬間,以登の胸は熱く震えた.女の剣と侮ることも,その家柄に阿ることもなく,まっすぐに自分の剣と向き合ってくれた孫四郎.それは以登にとって生涯ただ一度の,しかし決して叶うことのない恋だった…. |
藤沢周平の小編「花のあと」の以登女は,色白で細面,口は大きく,目尻の上がった双眸.18という年齢を差し引いても,不美人というほかはない.それをいかにも現代的な,くっきりとした目鼻立ちの北川景子が演じる.武家の箱入り娘の所作振る舞い,また女剣士の殺陣は凛々しさよりも拙さが目立つ.舞台は,日本的な美を思い起こさせる庄内平野の南に位置する鶴ヶ岡城下町.樹齢千年を超える翁杉も見事だが,城跡に開かれた鶴岡公園の堀沿い,800本のソメイヨシノが壮麗であるという.
藤沢の原作は,封建制度の重んじる義理の「姿」を,無垢ながら毅然とした女性の内面を自若として描いた.そのことを踏まえると,演技力に先んじて求められるべき本作ヒロインの特質は,自制を難儀にする恋情,熱い悲しみと義憤の念を表現できる人材ということになるだろう.むしろ不器用なほうがよく,朴訥とした中に,射るような眼差しが以登には相応しい.ただ一度の竹刀試合で触れ合った身と心.武家の厳しい掟のなかに生きる人々の名誉をたばかる,卑劣な罠に落ちた孫四郎の敵を討つこと.
以登の心の動きは,迷いも含め波紋の広がる水面のごとく率直で一片の嘘もない.彼女は「女」と容赦しなかった孫四郎に惹かれる.しかし孫四郎の若さは,父・甚左衛門,また頼りなげを装う許婚・才助の真実の包容力には遠く及ばない.父親の國村隼,才助の甲本雅裕のサポートは,劇さながら北川の未熟さを優しく支える.武士と医師の狭間で心の揺れを冷静に評す永井宗庵(柄本明),姿を見せぬが老成した以登の語り(藤村志保)も実に手堅い.
藤沢文学の「海坂藩」の城下町,戊辰戦争で官軍に降るまでの250年間を,鶴ヶ岡城は見下ろしてきた.敵を討つクライマックス場面は転回し,ゆったりと歩き続ける才助の後を,数歩離れて添う以登.その微笑みには穏やかながら毅然とした想いが秘められている.ぎこちなさばかりが目立った北川が,ここで以登の凛々しさと女性としての成長を十二分に表現している.これぞ藤沢作品と得心のいく,爽快にして見事な終幕である.
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原題: 花のあと
監督: 中西健二
107分/日本/2009年
© 2009 「花のあと」製作委員会
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