■「月世界旅行」ジョルジュ・メリエス

月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術 Blu-ray

 天文学会のメンバーである6人の学者が,月世界旅行を企てる.巨大な砲弾に乗って彼らは月に着陸する.そこは,見たこともない景色が広がる奇妙奇天烈な世界だった.探索の途中で,彼らは異星人の襲撃を受ける.奮闘むなしく生け捕りにされた彼らは,月の王に差し出される.果たして彼らは無事に地球に戻れるのか….

 画史における革命的な到達点でありながら,映画という媒体の本質を予見した作品である.1902年という黎明期に製作された13分間の作品が語り継がれるのは,ジョルジュ・メリエス(Georges Méliès)が選択した演劇的アプローチと,後の映画文法との乖離が,先験的な芸術的価値を築いたからであろう.メリエスは元マジシャンであり劇場経営者だった.スタジオは意図的にロベール=ウーダン劇場と同じ寸法で建てられ,カメラは1階最上等席の紳士の視点に固定された.観客は舞台を見る目で映画を見ていたからである.メリエスが月面着陸を二度描く手法は,当時としては斬新だった.擬人化された月の目に宇宙船が突き刺さった直後,写実的な着陸シーンが連続で流れる.

 時間的反復は,後のコンティニュイティ編集の論理――時間的・空間的な矛盾のない連続性を保つ編集方法――からすれば「無駄」である.だが20世紀後半,テレビのスポーツ中継がビデオ判定で同じ瞬間を繰返し見せる手法を一般化させたとき,メリエスの先見性が証明された.しかし真の批評性は,その風刺性にある.メリエスは反ブーランジェ主義の風刺漫画家としてのキャリアも持っていた.最後のパレードシーン――多くのプリントから欠落していたがゆえに軽視されてきた場面――では,天文学者たちは月の住人を容赦なく殺戮し,捕虜を見世物として凱旋する."Labor omnia vincit"(労働はすべてを勝ち取る)と刻まれた記念像の除幕式は,植民地主義への痛烈な批判である.

 メリエスは科学の進歩という名の暴力を,パタフィジカルな手法で解体してみせた.月面で宇宙服を着ない天文学者たち,杖で叩けば爆発するセレナイト,三日月のブランコに乗る女神――これらの非科学性は,科学的合理性への揶揄だった.皮肉なことに,メリエスはアメリカでの海賊版問題によって経済的破綻を迎える.エジソン社を含む複数の企業が無断複製を販売し,メリエスの名前さえクレジットされなかった.1917年,フランス軍は本作フィルムを軍靴製造のために溶かし,1923年にはメリエス自身が残されたネガを庭で焼却した.メリエスは物語の因果性よりも,視覚的驚異の反復による強調に価値を見出していた.製作費1万フラン,撮影期間3ヶ月という当時としては異例の規模からも,強い野心が見える.

 セレナイトの衣装のためにテラコッタで試作品を作り,パリの大手マスク製造会社に型を発注,さらに200人の女工を抱える現像所で,20色以上のアニリン染料を使い1コマずつ手作業で着色されたプリントは,映画を絵画に近づけようとする意図だった.この着色版は1993年まで失われていたが,溶解寸前のフィルムから1万3375枚の断片を救い出し,100万ドルをかけて2011年に復元された.メリエスは映画を「構成された主題」と呼び,アクチュアリティ映画との差異化を図った.視覚的驚異による刺激の原理は,今日のSF映画やミュージカルに確実に受継がれている.月の目に突き刺さる宇宙船――一瞬のイメージが語り継がれるのは,人類の好奇心が傲慢と暴力性を凝縮しているからだろう.メリエスは,映画が芸術たり得る可能性を13分間で提示したのである.

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原題: LE VOYAGE DANS LA LUNE

監督: ジョルジュ・メリエス

13分/フランス/1902年

© Archives du 7e Art/Lobster Films