■「悪人」李相日

悪人 スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]

 土木作業員の清水祐一は,恋人も友人もなく,祖父母の面倒をみながら暮らしていた.馬込光代は,妹と2人で暮らすアパートと職場の往復だけの退屈な毎日を送っていた.孤独な魂を抱えた2人は偶然出会い,刹那的な愛にその身を焦がす.しかし,祐一は連日ニュースを賑わせていた殺人事件の犯人だった.光代はそんな祐一の自首を引き止め,祐一と共に絶望的な逃避行へと向かう….

 間の孤独と社会の視線が織りなす深い陰影は,「加害者と被害者」という図式を退け,人物の内面に潜む渇望,偶然が生む非情な連鎖を静謐に見つめる.物語は,長崎の寂れた漁村に暮らす青年・清水祐一と,佐賀で孤独に沈む馬込光代が邂逅し,破滅へと転がり落ちる逃避行を軸に展開する.長崎県五島市福江島を中心に撮影された本作は,荒涼とした海岸線や廃れた漁村が,祐一の孤独を視覚化する.祐一と光代が初めて顔を合わせる場面は,映画の後半を撮り終えた後に撮影されたという.

 深津絵里が逃避行の過程で感情の澱を体得してから役柄に入り込み,初対面の微妙なぎこちなさ――言葉を探しあぐねる沈黙,視線の逸らし方――をより自然に表現するための手配であった.深津はこの演技により,モントリオール世界映画祭の最優秀女優賞を受賞している.主演の妻夫木聡との存在感の重なりが評価された結果でもある.妻夫木はこの作品のために,撮影中に精神的重圧から役を引きずる日が続いたと語っている.

 これまでの好青年イメージを覆す初めての悪役に,苦悩しながらものめり込んでいく様子を追ったドキュメンタリー「妻夫木聡が悪人だったあの二ヶ月」(2010)まで製作された.祐一と光代は共に,不器用な生き方を強いられ,世界の端で小さく息をしていた存在であった.現代社会が抱える関係性の喪失という問題は,2人の行動を決して擁護しない.だが,衝動の根にある「誰かに必要とされたい」という切実さを容赦なく照らし出す.悪とは,振り返れば誰にでも手の届くところにある影のようなものだろうか.

 光代が祐一の自首を止める衝動的行為は,孤独への恐れが生んだ愛の錯覚であった.彼らの逃避行は,終始湿った現実の痛みを伴って進む.被害者家族の怒り,加害者家族の恥と罪悪感,報道に踊る大衆の欲望──それらが絡み合い,事件がひとつの「悪」では説明できないという厳然たる事実が残される.おそらく悪とは外側に存在する巨大な怪物ではない.孤独,承認欲求,他者の無関心といった日常のひび割れから滲み出るものである容赦ない現実を突きつける作品である.

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原題: 悪人

監督: 李相日

139分/日本/2010年

© 2010 「悪人」製作委員会