| 昭和39(1964)年は東京オリンピックが開催された年である.その年に初来日したアメリカ人青年は,その後,大分二区の選挙戦をフィールドリサーチした『代議士の誕生』など日本政治の研究者として地歩を固めていく.本書は,政治学研究者が初めて日本語で綴った体験的日本論,日本政治論である――. |
東京オリンピック(1964年)の熱狂渦巻く年に初来日したニューヨーク生まれの若手研究者は,西荻窪の銭湯に通い,夕餉に出された焼き秋刀魚とホウレンソウのおひたしに,政治学的好奇心とは別種の深い感動を覚えていた.異文化への素朴な驚きが,のちに「知日派第三世代」を自任する学知の基盤の出発点である.その後,佐藤栄作から福田康夫に至るまで20人の首相のうち,宇野宗佑を除く19人と個別に面識を持つという,外国研究者としては異例のネットワークを築くに至った.
著者が指摘する「非公式な調整メカニズム」とは,五十五年体制を論じる際,イデオロギーの対立や制度分析だけでは把握できない日本政治の実務の「心臓部」.派閥間の談合,官僚との腹芸,経済界との同床異夢,野党との儀礼的対立――制度外で作動しつつも,制度以上に政治の成果や非成果に影響を与えてきた.もっとも,本書の語り口には,著者自身が親しく触れ合ってきた日本の素朴な生活世界への愛着が色濃い.西荻窪の秋刀魚,銭湯の湯気,選挙区の床屋の世間話――それらは確かに日本政治文化の土壌として機能するが,同時に叙情性が過剰になり,分析の鋭角さが時折ぼやける.
小選挙区制が期待する「説得型政治」が日本社会のダイナミズムでは十分に機能しないという指摘は重要である.しかし,アメリカのサラダボウル的多元社会と腹芸中心の日本型政治文化を対比させる比喩は鮮やかな反面,制度比較の厳密性では粗さが残る.NYのビーフステーキと日本の秋刀魚という味覚対比の妙味が,政治学的な分析においては詩的過ぎると言わざるをえない.『代議士の誕生』で詳細に追った大分二区の選挙戦は,当時の日本政治学者の間でも「外国人がここまで地方選挙に踏み込むのか」と驚きをもって受け止められたという.
首相官邸・党執行部・官僚機構の動作音を直接聞き取れる距離にいたことこそ,政治分析に一貫して流れる調整メカニズム論の裏付けとなる.さらに選挙事務所の炊き出しから後援会の冠婚葬祭に至るまで地元生活に浸り,政治家の「顔の広さ」が票に転化していく仕組みを体験的に学び取った.フィールドワークが本書の背景に通奏低音のように響いていることは明らかである.本書は,著者が初めて日本語で書き下ろした著作である.英語論文では語り得なかった肌感覚の日本論が解放され,日本政治の〈制度〉〈文化〉を架橋しようとする試みが,数々の逸話とともに展開される.
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原題: 政治と秋刀魚―日本と暮らして四五年
著者: Gerald L. Curtis
ISBN: 9784822246617
© 2008 日経BP社
