| 使い捨ての時代が長く続いているが,物を直して使うというかつての日本の精神と技術は,いまでもきっちりと受け継がれている.書籍,眼鏡,靴等の実用品から古文書,茅葺き屋根,赤レンガ建築等の文化財にいたるまでの三十を越える日本各地の修理現場を徹底取材.修理店等の連絡先付き――. |
キヤノンによる再生インクカートリッジ訴訟は,修理と製造の境界線をめぐる語り草になっている.2004年に東京地裁へ持ち込まれた訴訟は,当初「インクの再充填は修理の範囲である」とする判断が示されたが,2007年の最高裁で覆された.最高裁は「特許製品に実質的な加工を施し,新たな特許製品を製造したと評価できる場合は,修理ではなく製造である」と判示したのである.欧州で同時期に議論されていた「リフィル文化」と同様,国際的に見てもきわめてトリッキーな問題であった.リサイクル業界が固唾を呑んで見守った背景には,修理や再利用が持つ社会的価値と,知財権の強化という二つの潮流が真っ向から衝突していたという事情がある.
本書が扱うのは,具,万年筆,登山靴,茅葺き屋根,赤レンガ建築,国宝級仏像に至る30種の修理現場であり,その幅広さは修理文化の射程がいかに大きいかを示している.実用品と文化財では,修理が担う意味は根本的に異なる.万年筆や靴は,使い切るまで使い,壊れたら直す機能本位の世界に属するが,仏像や古文書は損耗を防ぎ,未来へ保存することが修理の目的とされる.前者が実用の再生であるなら,後者は記憶と精神の継承である.本書の帯には「大事に使えば,ちゃんと壊れる」とある.逆説的な一文は,修理文化の本質を言い当てている.
耐久性を極限まで削減し,コスト最適化を至上命題としたプロダクトは,結果として修理不能の使い捨て製品に堕してしまう.一方,半世紀前の箪笥やライカのカメラが,職人の手仕事を経て新たな命を吹き込まれる姿は,製品が本来備えていた「直せる力」の存在を如実に示す.古文書修復の現場では100年後の修理を想定した修理が常識とされる.文化財修理の世界は,技術だけでなく哲学の継承でもある.からくり人形の修復では,江戸期の職人が部品に刻んだナゾの印や符号の意味を読み解く作業が欠かせない.屋根の葺き替えでは,地域ごとに異なる勾配や束ね方を伝える口伝がいまも生きている.これらは,共同体が時間をかけて育ててきた文化的コードなのである.
修理の思想は,物への愛着と社会観の根源に触れる.本書でも語られるように,愛用品が修理されて戻ってきた瞬間,以前よりもっと大切にしようという気分に自然と包まれる.修理文化は精神のインフラを形成しているといってよい.使い捨てを前提とした消費社会は長く続いてきたが,修理を軸とする日本の技術と精神は,今日でも確実に受け継がれている.本書が描く三十を超える修理現場は,直して使う文化の再発見の旅でもある.もし私たちが,壊れたら買い替えるという即物的な価値観を相対化し,直せるものをつくり,直しながら使うという文化を高い水準で維持できるなら,修理職人は真のマイスターとして社会に根づき,その精神と技術は未来へと継承されていくだろう.
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原題: 修理―仏像からパイプオルガンまで
著者: 足立紀尚
ISBN: 9784122048744
© 2007 中央公論新社
