▼『縛られる日本人』メアリー・C・ブリントン

縛られる日本人-人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか (中公新書 2715)

 人口減少が進む日本.なぜ出生率も幸福度も低いのか.日本,アメリカ,スウェーデンで子育て世代にインタビュー調査を行いデータとあわせて分析すると,「規範」に縛られる日本の若い男女の姿が見えてきた.日本人は家族を大切にしているのか,日本の男性はなぜ育児休業をとらないのか,日本の職場のなにが問題か,スウェーデンとアメリカに学べることは――.

 口減少という深刻な現実を前に,なぜ日本社会は依然として「家族を大切にする国」と自称し続けるのか.本書はその根底に潜む規範的構造を解体し,国際比較を通じて日本社会の矛盾を描き出す.本書は,日米スウェーデンの子育て世代へのインタビューと比較データを組み合わせ,制度よりも「意識の檻」に縛られた日本の現実をあぶり出している.序章で提示される「驚くべき現実」とは,出生率や幸福度の低さ以上に,男女ともに理想的な家庭像を強迫的に維持しようとする姿勢にある.日本では家族の在り方が「世間体」という集合的幻想によって管理され,個人の選択を極端に狭めているという.男性の育児休業取得を阻む最大の要因は,同僚や上司の「空気」である.

 厚生労働省のデータによれば,日本の男性育休取得率は2023年度で17.1%に達したが,実際に2週間以上取得する者はその半数にも満たない.スウェーデンの90%以上という数字と比較すれば,文化的壁の厚さは明らかであろう.本書が批判的に検証するのは,「家族を大切にする」という日本的価値観である.戦後の経済成長期に形成された「標準世帯」――専業主婦とサラリーマンの二人三脚モデル――は,1970年代のNHKドラマなどによって美化され,国民的理想像として定着した.その理想はもはや現実から乖離しており,共働き家庭が全体の7割を占める現代においては制度疲労を起こしていると言わざるを得ない.著者は標準世帯という神話の延命が,若い世代に「家族=重荷」という無意識的連想を植え付け,結果的に少子化を加速させていると論じる.

 第4章では,日本の職場慣行がいかに旧態依然としているかを具体的に示す.長時間労働を美徳とする文化は,1960年代の高度経済成長期に導入された「終身雇用」とセットで成立し,そのスローガンは「企業は家族」だった.皮肉なことに,この擬似家族構造が本来の家族生活を破壊したのである.一方,紹介されるスウェーデンやアメリカの事例は,社会的試行錯誤の結果としてワークライフバランスが位置づけられているケースである.スウェーデンでは1974年に世界初の「男女共用育児休業制度」が導入されたが,当初の男性取得率は5%にも満たなかった.しかし1990年代に父親クォータ制度を導入して以降,男性の育児参加は飛躍的に進んだ.

 終章「『社畜』から『開拓者』へ」では,個人が社会規範をいかに変えうるかが問われる.著者は「日本の若者は制度の犠牲者ではなく,変革の担い手である」とし,現場からの小さな抵抗を積み重ねることの重要性を説く.男性の育休取得を積極的に推進したある中小企業では,従業員の離職率が激減し,むしろ生産性が向上した報告もある.結局のところ,本書が提起するのは「誰のための規範か」という問いである.日本社会が長らく安定と引き換えに守ってきた価値体系は,もはや未来を支える基盤ではない.家族を大切にするとは,制度に従うことではなく,個々の幸福を最大化する柔軟な選択を認めることだが,海外から学ばせようとするより,内発的な動機をいかに高めるかの方が重要であろう.本書ではその分析は弱い.

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Title: 縛られる日本人―人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか

Author: Mary C. Brinton

ISBN: 4121027159

© 2022 中央公論新社