| 皇家・将軍家の奏者として,あるいは最下層の宗教芸能者として,聖と俗,貴と賤,そしてこの世とあの世の〈あいだ〉に立つ盲目の語り手たちは,何を聴き,語ってきたか.平安時代から近代まで,この列島に存在してきた盲目の語り手たちの実像を鮮やかに浮彫にする.「最後の琵琶法師」演唱の稀少な記録を付す――. |
約200頁と簡潔ながら,史料と現地調査を併用し,語り芸能としての琵琶法師論の総覧である.琵琶法師の盲目性は,「他界」と媒介する社会的コードとして機能した.琵琶の大きな撥による打撃音や節回しが物語の緊張と緩和を生むことは,文字資料では伝わらぬ「音の記憶」を思わせる.琵琶法師は時に皇家・将軍家の奏者として迎えられ,また寺社や村落祭祀における弔祭係であった.制度的には下位に置かれながらも,政治権力や宗教機構にとっては慰撫の器であったといえるだろうか.
中世の口承史料は系統差や地域差を伴い,同一題材でも語り手の系譜や演出法によって結末や配役が変容する.方法論的観点から見れば,著者は史料批判と現代の伝承保持者への聞き取りという史料間の往還を実現している.これにより,文字史料に残らない節回し,間,撥の重さや奏法といった身体知を史的議論に組み込んでいる.また,衰退と変容のプロセスについてみれば,近世以降の音楽的・演劇的革新――三味線音楽,浄瑠璃の興隆――は,語りの媒介を変化させた.これに伴い琵琶法師の役割は相対化され,盲人の職能を制度化する当道座が成立して職業的保障を与える一方,語りの公開舞台は縮小したのである.
文化需要構造の変化であり,語りが別の表現形式へ再配分された過程である.本書はこの変換過程を史料と現地証言を織り合わせながら辿る.学際的には,琵琶は大陸系絃楽器と歴史的に接続し,音階や語り様式の比較研究は東アジア口承文化比較へと橋を架ける.ただし,地理的・社会的に限られたフィールドが中心であるため,系譜図としての網羅性には補遺の余地があるだろう.結語として,本書は「盲目の語り手」という周縁的主題を通じて,中世から近代に跨る日本社会の宗教観,権力構造,芸能史の一端を可視化した著述である.
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原題: 琵琶法師―〈異界〉を語る人びと
著者: 兵藤裕己
ISBN: 4004311845
© 2009 岩波書店
