■「赤ひげ」黒澤明

赤ひげ

 養成所の門は雪どけの太陽にまぶしく輝いていた.山本周五郎の小説の映画化.江戸時代,貧しい町人のための医療施設・小石川養生所を舞台に,上昇志向の強いエリート医が成長する姿を描く人間ドラマ.原作を大胆に脚色,一長屋の群像劇に凝縮しヒューマニズムの共通テーマを賦与した….

 戸社会の福祉史を可視化する希有な映画である.1722年から幕末まで130年間存続した小石川養生所は,江戸小石川伝通院で開業していた医師小川笙船が「貧困ゆえ治療を受けられぬ病人を救済する施設を望む」という訴えを目安箱に投じたことに始まる.投書に目を留めた徳川吉宗は,腹心の町奉行大岡忠相と小川に面談を重ねさせ,建設費210両と銀12匁,月々の運営費は幕府が拠出し,医療は無償,定員40名,医師7名による運営体制を整え,石川御薬園内に養生所を開設した.江戸の政治的歪みが貧困を生み,貧困が病苦を助長するという負の循環を断ち切ろうとする応答と理解すべきものである.

 "赤ひげ"こと新出去定は,施療・運営・資金調達を一手に担い,貧民への医療は無償とする一方,富裕層には高額の診療料を容赦なく請求する.この一見偏頗な姿勢は,医療の公共性と社会正義という二律を丸ごと受け止める覚悟をもって医業に打ち込んだ.天保期の養生所は不衛生で腐敗していたとも伝わるが,黒澤が描く去定の世界は,政治制度の限界を踏まえた現実主義に立脚している.養生所へ配属された見習医保本登は,オランダ医学を修めた俊英として桔梗の間に詰める番医を志していたが,赤ひげの政治観と診療観の前で自らの医療観を問い直すことになる.

 善意だけで医療は成立せず,また聖人性も不要という厳しい現場の論理を保本は学ぶ.黒澤は本作においてフョードル・ドストエフスキー(Фёдор Миха́йлович Достое́вский)『虐げられた人々』を参照し,その一部を下敷きにした挿話を挿入している.説教臭さは残るが,享保期の医学徒の営為を重層的に描き,映画を創る者の誠実と情熱を再燃させようとする黒澤の企図が読み取れる.完成まで18ヶ月,撮影日数120日.黒澤は製作費のため自邸を抵当に入れて売却し,観客がこの映画から「生命力」を感じ取ることができなければ意味がない,と製作陣に檄を飛ばした.

 クランクインではスタッフの士気を高めるためにルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)《第九》を大音響で流した.撮影当時,加山雄三は俳優としての方向性に悩んでいたとされ,本作での黒澤・三船との仕事が俳優を続ける感触を与えたという.その後のフィルモグラフィを見る限り,俳優として成長を遂げたとは言い難いが,本作に限れば演技は真摯であり,自身の力量の限界を超えた成果を発揮している.本作は黒澤の最後のモノクロ映画であり,これをもって三船敏郎とのコンビが終焉を迎え,東宝との専属契約も解消された.黒澤映画の黄金期を象徴する作品でありながら,その終幕を告げる作品でもあった.

赤ひげ

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原題: 赤ひげ

監督: 黒澤明

185分/日本/1965年

© 1965 東宝