▼『苦海浄土』石牟礼道子

新装版 苦海浄土 (講談社文庫 い 11-3)

 工場廃水の水銀が引き起こした文明の病・水俣病.この地に育った著者は,患者とその家族の苦しみを自らのものとして,壮絶かつ清冽(せいれつ)な記録を綴った.本作は,世に出て30数年を経たいまなお,極限状況にあっても輝きを失わない人間の尊厳を訴えてやまない.末永く読み継がれるべき<いのちの文学>の新装版――.

 りと抗議のあわいに立つ.著者の故郷・水俣を襲った公害の惨禍に対する聞き書きが文学かノンフィクションかという議論は,刊行当時から現在に至るまで続いている.耳を傾けたのは,生活の中で言葉を失い,社会から排除された人々の声だった.注目すべきは,第三章「ゆき女きき書」から始まって全体が形成された点である.この章の原型は1960年に同人誌「サークル村」に発表された奇病の報告である.

 当時は「水俣湾漁民のルポルタージュ」と銘打たれ,文学作品である以前に,社会告発の報告書としての性格を備えていた.その後1965年から「熊本風土記」に断続的に掲載され,「海と空のあいだに」という題を経て,最終的に『苦海浄土』の中心章へと昇華された.その筆致は,現場の証言を詩的に再構成することで,ドキュメント化させている.第五章では1959年11月の不知火海沿岸漁民総決起大会やデモ行進,警官隊との衝突が描かれ,社会運動記録としての緊張感がみなぎる.しかし,著者の視線は常に「ひとりの人間の悲しみ」に寄り添う.

新日本窒素水俣工場と水俣病患者互助会とが昭和三十四年十二月末に取りかわした〝見舞金〟契約書である.…中略…『乙(患者互助会)は将来,水俣病が甲(工場)の工場排水に起因することがわかっても,新たな補償要求は一切行わないものとする』これは日本国昭和三十年代の人権思想が背中に貼って歩いているねだんでもあるのである

 第七章では同年12月30日に締結された「見舞金契約」が克明に記され,企業が責任を回避し国が沈黙する構造を暴き出している.見舞金契約は後に「公序良俗に反する」として熊本地裁により無効とされたが,判決の数年前にすでに語りの言葉で倫理の不在を告発していた著者は,1970年に第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれながら受賞を辞退した.理由は「今なお苦しんでいる患者がいるのに,自分だけが栄誉を受けることはできない」というものだった.事実の記録でありながら詩魂によって再生された言葉――それが本作をルポルタージュから「祈りの文学」へと押し上げた面もあるだろうか.

新潟水俣病も含めて,これら産業公害が辺境の村落を頂点として発生したことは,わが資本主義近代産業が,体質的に下層階級侮蔑と共同体破壊を深化させてきたことをさし示す.その集約的表現である水俣病の症状をわれわれは直視しなければならない

 著者自身は本書を「浄瑠璃のごときもの」と述べている.語り手が他者の悲劇を語り継ぐ構造――民俗的・宗教的な表現形式――であり,水俣という地域に根ざした共同体的記憶を再生する.本書は「水俣三部作」の第一部の位置づけである.第二部『神々の村』(2004),第三部『天の魚』(1974年)へと続く.順序が逆転して刊行されたことは,創作が時間の直線性に抗することを示しているように思える.物語とは失われた声を呼び戻す行為,声を奪われた者たちの"存在の詩学"であった.

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原題: 苦海浄土―わが水俣病

著者: 石牟礼道子

ISBN: 4062748150

© 2004 講談社