■「迷子の警察音楽隊」エラン・コリリン

迷子の警察音楽隊 [DVD]

 文化交流の為イスラエルに招かれてやってきたエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊.何故か空港に出迎えは無く,自力で目的地に辿り着こうとするうちに,彼らは一文字間違えてホテルすらない辺境の町に迷い込んでしまう.そこで,食堂の美しい女主人に助けられ,地元の人の家で一泊させてもらう事に.でも相手は言葉も宗教も違い,しかも彼らアラブ民族と長年対立してきたユダヤ民族.空気は気まずく,話は噛み合わない….

 ジプトとイスラエルは,1979年に和平条約を締結したとはいえ,その後も「冷たい平和」が続き,文化交流が政治的配慮の対象となっていた.ヘブライ語とアラビア語の言語的隔たり,宗教的規律の差異,記憶の政治――そのいずれもが,人々の自然な交歓を阻む構造を形成していた.1990年代のイスラエルを舞台にした本作は,1993年のオスロ合意がもたらした束の間の期待を背景に,より陰影を深くしている.アレクサンドリア警察音楽隊の青い制服は,映画史的には分かりやすい異邦の徴(しるし)であるが,本作は異邦性を肥大化させようとしない.

 空港に降り立った一団は,目的地を間違えた観光客と同じ滑稽さを帯びている.着いた先は,ホテルすら存在しない辺境の町.だが,食堂を営む女主人が差し出した簡素な食事と宿泊場所が,生活の現場に根差した細やかなホスピタリティの強度を示す.大仰な「和解」ではなく,ただの寝床と食事.それで十分だという感覚が,この映画を形づくる.本作には,音楽が国境を越えて魂をつなぐというセンチメンタルな高揚が意図的に抑制されている.クラリネット奏者が語る「壮大な終わりはいらない.悲劇でも幸福でもない,単純で唐突な終わりがふさわしい」という台詞は,美学宣言である.

 アルコールが禁じられたムスリムであるはずの隊員たちが,ワイングラスの清潔さを確認し,女主人が「ちゃんと洗ってあるわよ!」と呆れ返る一幕は,文化的禁忌を笑いへと還元する.笑われているのは宗教でも規律でもなく,互いを過剰に誤解する人間の縮こまりである.ユーモアは,政治的境界線の隙間に生じる微細な動揺の表現となる.本作は当初アカデミー外国語映画賞(現国際長編映画賞)にイスラエル代表として提出されたが,作中の言語がヘブライ語・アラビア語・英語に断片化していたため,外国語比率の基準を満たさず失格となった.異なる言語の継ぎ目で生まれる沈黙やぎこちなさは,本作の詩情である.

 エラン・コリリン(Eran Kolirin)が「映画が世界を変えるとは思っていない」と語ったように,映画が政治を解決する手段になるという幻想の代わりに,国際政治の罅(ひび)の中で見落とされる「誰にも記憶されない関係の萌芽」を拾い上げる.この映画には勝利も敗北もない.あるのは,翌朝には忘れられるかもしれない一夜の出来事だけである.忘却こそがこの物語の価値を保証する.人は「たいしたことではない」ものを通してしか,政治に疲弊しない関係の地図を描けない.音楽隊が迷い込んだイスラエルの辺境は,歴史的転回点ではなく,接触の可能性が絶えず更新される場であったのだ.

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原題: THE BAND'S VISIT

監督: エラン・コリリン

87分/イスラエル=フランス/2007年

© 2007 July August Productions,Bleiberg Entertainment,Sophie Dulac Productions