▼『証言 日本の社会福祉1920~2008』蟻塚昌克

証言日本の社会福祉: 1920~2008

 多くの人々が日本の社会福祉にかかわってきた.社会福祉のエッセンスを知るためには,時代の転換点に立った人々の生き様や事実を把握して咀嚼しなければならない.本書はそうした意図のもと執筆された.第1部では,筆者が独自に集めた史料を中心に,わが国の社会福祉の源流を掘り起こす.第2部は,戦後社会福祉行政にかかわったキーパーソンの聞き書きである.どのようないきさつで社会福祉は今日にいたったのか.その全体像をさぐる――.

 前から現代に至る日本社会福祉の生成過程を,史料検討と聞き書きによって照射した力作.1938年の灘尾弘吉『社会事業行政』の読解,黒木利克による海外文献紹介といった個別史料の丹念な注解と現場証言の結合により,社会福祉の「なぜ」が制度論と人間史の両面から説得的に提示されている.本書の最大の長所は,史料を「点」から「線」で結ぶ視点にある.ダグラス・マッカーサー元帥(Douglas MacArthur)への手紙や「起ちあがる人々」といった断片的な文書を,占領期の政策形成や市民運動の潮流と結びつける作業は見事.

 マッカーサー宛書簡には戦後復興期の地方自治体による悲鳴めいた報告が含まれており,これが後の社会福祉施策の緊急性を国際的舞台で可視化する契機となったという指摘は興味深い.さらに,書物を読む際に失われがちな「声」の存在を,著者は聞き取りで補完する.第二部の聞き書きは,福祉行政の鍵を握った人物たちの語りによって,制度では捉えきれない現場のリアリティを伝える.法制度が人々の疲労と情熱の結晶であることを示す小エピソードの数々は,制度史理解を確実に深化させる.ただし,本書には学術読者を意識しすぎた面もある.

 豊富な一次史料と詳細な注釈は研究者には貴重だが,一般読者には細部が冗長に映るだろう.とりわけ福祉専門職教育の出発を論じる箇所では年表的記述が連続し,物語の起伏が平坦になる.この密度が後年の制度的変容を理解する土壌であったことは確かだが,読み飛ばし可能な箇所を明示する配慮があれば,より親切であった.紙芝居「黎子物語」といった文化的表象を取り上げることで,社会福祉が物語やイメージを通じて人々に受容されてきたプロセスが明らかになる.こうした文化史的切り口こそが,本書に制度史の温度を与えている.

 史料選択眼,史料と証言を結ぶ論理的構成は,学術的使命を果たすと同時に,制度と人間の関係性を再考させる.読者にとって,政策決定の舞台裏にある個々の「声」をどれだけ想像できるかが理解の鍵となるだろう.本書が扱う期間(1920〜2008)は,日本の福祉が「慈善」「公的保障」「専門職化」という三つの主題を繰り返し変奏してきた時代だった.本書はその変奏を,証言という楽器で見事に演奏してみせた.読後,読者は制度という楽譜の背後に流れる人間の旋律を確かに聴き取ることができるはずである.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 証言 日本の社会福祉1920~2008

著者: 蟻塚昌克

ISBN: 9784623053049

© 2009 ミネルヴァ書房