| クーデターとは非合法的な政権奪取である.国際秩序の変動期に「避けられない悪」として頻発するが,昨今またその兆候が著しい.本書は昭和の動乱期から21世紀のグローバルサウスまで,未遂や失敗例も含め幅広く検証.行動原理や成功要因を解明し,民主主義vs.権威主義vs.イスラム主義,SNSの影響,資源争奪,ワグネルの暗躍など現代の特徴に切り込む.当事国の民政移管や治安部門改革への支援など,日本の役割も問う――. |
国家の制度と正統性を一瞬にして転覆しうる急峻な力の変動は,国際秩序の転換期には必ずといってよいほど出現する現象であり,冷戦期には世界規模で年間20件前後が観測された年すらある.近年ではアフリカや中東を中心に再び発生件数が増加し,その傾向は民主化の終わり,あるいは権威主義の再帰と呼ばれる大局的潮流と結び付けて理解されるべきであろう.本書はこの暴力的権力移行の歴史とメカニズムを,昭和期の日本から21世紀のグローバルサウスまで横断し,未遂例・失敗例も含む幅広い事例比較を通じて述べている.
政権奪取の手段として,軍が使われた場合,それを軍事クーデターと呼ぶ.権威主義体制を研究するジョン・チンらによれば,第2次世界大戦後に発生したクーデター(未遂を含む)の96.6%に軍が関与している.ただし,軍が動員されたとしても,ほとんど交戦することなく政権奪取ができる場合もある.これを無血クーデターという
革命・内戦・暴動・テロといった類似概念と峻別し,クーデターを「既存国家を維持したまま権力の所有者のみを挿げ替える行為」と定義した視点に立つと,フランス革命は政体を破壊したゆえに革命であり,エフゲニー・プリゴジン(Евгений Пригожин)のワグネル反乱は国家転覆未遂の側面を持ちながらも,最終的に中央権力奪取を志向しなかった点で決起不全となった.こうした概念の精緻化は,ニュース報道で乱用されがちな語彙の混同に一石を投じる.成功要因の分析も体系的である.軍内部の結束,民衆の支持,現政権の統治能力の劣化,何より決起後の統治計画を事前にどれだけ設計しているかが決定的であるという指摘は,冷戦期の数々の事例から鮮明に導出される.
近年のクーデターでは,従来のものとは異なる性質が目撃されている.独裁者に対する国民の不満と民主化への衝動がソーシャル・メディア(SNS)と結びつき,新たな政権奪取への原動力を与えた.民主主義と権威主義の対立やイスラム主義の台頭など,新たなイデオロギー対立の影響も見逃せない.レアメタル(希少金属)などの資源争奪戦やロシアの「ワグネル」など民間軍事会社の影響があるとされる
本書の後半は抑止・移管・改革という実務的論点に踏み込み,軍の分割統治,文民統制,人事権活用,国際承認のカードなどの効果と限界を検証している.白眉は第7章の2・26事件分析である.世界最大規模のクーデター未遂として比較政治的に再評価する視点は刺激的で,昭和天皇の断固たる拒絶,木戸幸一の輔弼,帷幄上奏の失敗,報道統制の不徹底など敗因リストは現代にも読み替え可能だ.21世紀の韓国「12・3」非常戒厳と比較する試みは,戒厳令とは治療にも凶器にもなるメスであるパラドックスと理解すべきだろう.終章では,クーデターが民主化の入口となることもあれば,独裁の口火となることもあるという二面性が強調される.
世直しの名を掲げる青年将校の純粋さが時に破局をもたらし,腐敗政権を倒す軍がやがて同じ腐敗へと沈む.確かに歴史は何度もそれを証明してきた.秩序なき理想は暴走し,抑止なき軍は政治を奪う.エジプトのアラブの春では,SNSで膨れ上がった民衆運動が軍によって吸収・転用され,最終的に選挙で誕生した政権を再び軍が覆すという皮肉な循環が起きた.近代革命の神話の終わりが見える.ツールと声を得た民衆が変革を主導しても,最終的に銃口の向きが変われば民主化は簡単に反転する.進歩は直線ではなく,螺旋を描きながら停滞と逆流を繰り返すのである.
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原題: クーデター―政権転覆のメカニズム
著者: 上杉勇司
ISBN: 4121028643
© 2025 中央公論新社
