| 1984年,東西冷戦下の東ベルリン.反体制を取り締まる国家保安局“シュタージ”の局員ヴィースラーは,反体制の疑いのある劇作家ドライマンを監視するように命じられた.ドライマンのアパートには複数の盗聴器が仕掛けられ,同棲する舞台女優クリスタや,ドライマンの仲間との会話が,昼夜を問わず記録されて行った.国家に忠誠を誓ったはずのヴィースラーであったが,盗聴器から聞こえてくる彼らの会話に共鳴していき,ドライマンの弾いたソナタを聞いたとき,心が激しく揺さぶられることに…. |
東西冷戦下,立身出世という報酬が提示されれば,ドイツ国家保安省シュタージの局員は任務を全うした.反体制派の内情を探るという重責を担う者にとって,個としての倫理や感情は最初から排除され,国家への忠誠のみが価値基準となる.徹底した非人間化こそが,ベルリンの壁崩壊から約20年を経なければ本作が成立し得なかった理由であり,映画が告発する最大の「壁」.シュタージが国家ぐるみで盗聴という下賎な行為を制度化していた事実は,現在公開されている膨大なシュタージ文書によって裏付けられている.
当時の東ドイツでは人口約1,600万人に対し,非公式協力者が20万人以上存在したとされ,監視は日常であった.本作は異常な日常性を,沈黙と間の演出によって描く.表情一つ動かさず職務を遂行する模範的官僚ヴィースラー大尉が監視する劇作家ドライマンの机に隠された「シュピーゲル」「フランクフルター・アルゲマイネ」.これらは西側の自由な媒体であり,所持自体が思想犯の証拠となる危険物であった.情報を遮断することで人間の思考を管理しようとする体制の脆さが,ここに凝縮される.ドライマンが友人の自殺をきっかけに奏でる《善き人のためのソナタ》は「本気で聴いた者は悪人になれない」.
ベイルート出身の作曲家カブリエル・ヤレド(Gabriel Yared)は,架空の楽曲でありながら,バッハ的厳格さとロマン派的抒情を融合させ,あたかも東ドイツに実在した失われた作品のような錯覚を与える.音楽がヴィースラーの魂を揺さぶったと解釈するのは魅力的だが,映画はそれほど単純な救済譚を提示しない.ヴィースラーの変化は,盗聴を通じて覗き見た他者の人生の熱量,自身の空虚さとの対比から生じている.国家権力を盾に他者の私生活を盗み聞きしながら,ヴィースラーは自分が彼らほど愛し,苦悩し,賭けるものを持たない人間であることを思い知らされる.
自覚が臨界点に達したとき,彼はコードネーム“HGW XX/7”の役割を裏切る.それは高潔な義憤ではなく,羨望や劣等感といった曖昧で私的な感情から発している.この描写は,シュタージ関係者の証言が示す「完全な悪人でも完全な善人でもない官僚像」を踏まえた,作り手の冷静な意思表示であるだろうか.シュタージにも,芸術や思想を通じて人間性を回復し得た者が存在したのか――その歴史的な確証は乏しい.だが本作は全篇を覆う重苦しい空気感の底に「そうであってほしい」という希望を,過剰な感傷に陥ることなく差し出すのだ.
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原題: DAS LEBEN DER ANDEREN
監督: フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
138分/ドイツ/2006年
© 2006 Wiedemann & Berg Filmproduktion
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