| 宮本常一の傑作『山に生きる人びと』と対をなす,日本人の祖先・海人たちの移動と定着の歴史と民俗.海の民の漁撈,航海,村作り,信仰の記録――. |
日本列島の形成史を「山」「海」という移動原理から読み解いた宮本常一の探究を,海の側から総括した労作.既に古典となった『山に生きる人びと』が山民による内陸の移動・交易・信仰のネットワークを描き出したとすれば,本書はその対をなす形で,海人(あま)のダイナミックな移動史を読むための基礎資料である.本書で繰り返し強調されるのは,海人の生活世界が,定住の農耕社会とは異なるリズムで動いていた事実である.
漁民の移動は,季節と潮流と資源の変動に支配され,それゆえ,村落の構造もまた流動性を帯びていた.海人社会を「漂泊と定着のはざまに生きる人びと」と呼ぶのは,この生活様式の根本に触れている.本書は,古代史・海上交通史のトピックを民俗的実証の上に再配置する構成に巧さがある.安曇連(あずみのむらじ)は古代の海人集団として知られるが,瀬戸内海沿岸に残る海人の技術・地名・信仰との連続性を探り,海人が中央の政治権力と結びつく仕組みを具体化している.いくつかの章は,今日の海事史研究の観点から見ても先見性を備えている.
「船住い」では,船をそのまま生活の基盤とした家船(いえぶね)集団を取り上げるが,これは近年の海洋遊動民研究がようやく注目するようになったテーマである.また「家船の商船化」「局地通航圏」は,海上交通のネットワークが,小規模な地域海域(ローカル・マリン・ゾーン)によって支えられていた事実に早くから光を当てていた.海人の歴史をロマン化することなく,零細漁民の生活の困窮や,和寇,松浦一揆,遠方出漁をめぐる緊張関係など,暴力と経済の両面を正面から見据えている.困苦の記録を抒情に溶かさず,日本人の起源を農耕民とは別の系譜(漁民)から読み直すのだ.
「海人の陸上りと商船の発生」から「廻船業」「北前船」へと連なる章群は,古代の海人が中世以降の商業航海の担い手へと変質していく過程を一連の流れとして提示し,民俗と経済史が融合する.宮本常一の旅は,しばしば「歩く民俗学」と評される.しかし本書を読むと,その歩みは島から島へ,岬から岬へと連なり,日本列島がいかに"海の道"によって結ばれていたかが立ち現れる.潮流や季節,風と星に規定されたもうひとつの日本といえるだろうか.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: 海に生きる人びと
著者: 宮本常一
ISBN: 9784309413839
© 2015 河出書房新社
