| 騒音の発生源は増え続け,かつてないほど大きな問題になってきている.しかし騒音に関する対策本や技術書はあっても,「騒音」そのものに関する書籍はこれまでなかった.そもそも騒音とは何か?本書はそこからスタートする.本書では,音に関する科学技術の進歩と騒音問題との歴史的かかわりを追究し,やっかいな騒音問題をさまざまな視点から解説する――. |
人類は「望ましくない音」といかに共存,抑圧,利用してきたのだろうか.古代ローマではすでに馬車の通行音が深刻な都市問題となり,ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar)は夜間の荷馬車通行を禁じる法令――自治体に関するユリウス法――を出している.ノイズは文明の発展と不可分の副産物だったが,産業革命以降,ノイズは量的にも質的にも決定的に変化する.蒸気機関,工場,鉄道は,人類史上初めて「持続的で回避不能な大音量」を日常に持ち込んだ.
19世紀ロンドンでは工場の騒音が都市の活力の象徴とされ,静寂はしばしば停滞や貧困と結びつけられた.医学的側面においても,本書は「うるさい=有害」という図式にとらわれない.著者は聴覚障害やストレス障害の研究史を辿りつつ,ノイズ被害が長らく過小評価されてきた事実を明らかにする.被害が即死や外傷のように可視化されにくい点がその一因だが,より本質的なのは政治的・経済的判断による許容であった.
第二次世界大戦中,軍需工場での騒音性難聴は戦争遂行に不可避な犠牲として黙認され,補償対象となるまでに長い時間を要した.著者が繰返し強調するように,ノイズとは常に文脈依存的な判断により,意味を持たない音ではなく「意味を拒否された音」である.しかし本書は,ノイズが必ずしも抑圧すべき敵ではないことも示す.音楽史において,かつてノイズと見なされた音が表現の核心に転じた例は多い.
20世紀初頭,未来派の作曲家ルイージ・ルッソロ(Luigi Russolo)は「騒音芸術宣言」を掲げ,機械音を音楽に取り込むことを主張した.今日のエレクトロニック・ミュージックやノイズ・ミュージックの源流が,当時の「不快音」にあったという指摘は,議論を文化論へと拡張するものだ.静寂を理想とする社会は本当に人間的か.それとも,一定のノイズを許容する社会こそが活力と多様性を保つのか.ノイズの歴史を辿ることは,どのような音を受け入れ,どのような音を拒絶してきたかの価値判断を探ることに等しいのだ.
++++++++++++++++++++++++++++++
Title: DISCORD - THE STORY OF NOISE
Author: Mike Goldsmith
ISBN: 4487808111
© 2015 東京書籍
