第二次大戦終戦直後のチャネル諸ジャージー島.美しい人妻のグレースは色素性乾皮症を患う2人の子供と広大な屋敷で暮らしていた.夫チャールズは出征したまま還ってこない.ある日,3人の使用人が求人広告を見たと,屋敷を訪れる.前の使用人たちは,ある日忽然と姿を消してしまったらしい.その日から,彼女の周りで不可解な出来事が起こり始める…. |
舞台は第二次世界大戦後の英国ジャージー島.光アレルギーを持つ子供たちと孤立した屋敷に暮らす母親グレースが,次第に謎めいた現象に巻き込まれていく物語は,クラシカルなホラー映画の伝統を受け継ぎ,人間の記憶,真実の曖昧さ,そして存在そのものを問い直す実存性を内包している.アレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)は監督・脚本・音楽を兼任することで一貫性を持たせ,ディテールへのこだわりが感じられる演出を手掛けている.暗闇と静寂が支配する屋敷は,登場人物の心理を映し出す装置として機能している.音楽は極めて控えめに使用され,日常的な音や静寂が恐怖を引き立てる.観客は想像力を掻き立てられ,目に見えない恐怖に対する感受性を高める.
主人公グレースの髪型や服装,名前はヒッチコック作品のヒロイン,グレース・ケリー(Grace Patricia Kelly)へのオマージュとして設計されており,映画作りにおけるサスペンスの名手からの影響を明示している.何も起きない時間を恐怖の引き金にする手法はアルフレッド・ヒッチコック(Alfred Joseph Hitchcock)の伝統を継承している.劇中に登場する「死者のアルバム」は,ヨーロッパの中世から続く"死を想え"(メメント・モリ)の思想に基づいている.この思想は,14〜15世紀に流行した死の舞踏,19世紀ヴィクトリア朝時代のポストモーテム写真と呼ばれる慣習に象徴されるものであり,映画に漂う歴史的重厚感を高めている.屋敷内の暗闇と影は心理的恐怖を増幅させるだけでなく,「不気味の谷」という心理学的概念を視覚化する役割を果たしている.
不気味の感覚が全編を通じて織り込まれ,馴染み深いものが異常に転化する際の不安感が観客を捉える.1945年の英国ジャージー島は,ナチス占領下から解放された直後という歴史的背景を巧みに取り込み,戦争の影響による孤立感や不安感が物語の緊張を高め,グレース一家の喪失感や恐怖は,物語の核心である「存在の不確実性」と密接に関連している.照明とカメラワークもまた,本作の芸術性を語る上で欠かせない.屋敷のほぼ全体が暗闇に包まれ,自然光に近い照明が使用されることで,リアリズムと幻想的な恐怖のバランスが巧みに保たれ,光と影の境界の中で恐怖を体験し,閉所的で不安定なカメラワークが彼らを物語の中に閉じ込める.純粋さと不安感を兼ね備えた子供たちの存在は,同情と恐怖を同時に抱かせる重要な要素である.以下ネタバレ.
子供たちが患う光アレルギーは,実際に存在する症例「色素性乾皮症」をモデルにしており,この現実的な要素が物語の信憑性を支える.本作の最大の特徴は,明確な答えを提示しない結末にある.開けてはならないカーテン,不可解な物音,使用人の墓石に刻まれたケルト文字の十字――グレースたちの存在が幽霊として描かれる一方で,それが現実なのか死後の世界の象徴なのか,それとも心理的な比喩に過ぎないのかは曖昧にされる.この曖昧さこそが本作の哲学的深みを支えており,心理的恐怖を基調としながらも,宗教的,歴史的,哲学的なテーマを織り交ぜ,深い問いを投げかける上質なストーリーテリングが融合した.屋敷の住人は,光の下に暮らす者か,暗闇で生きる者かの二元論を超えた人間の哀しみだけが確実に存在している.
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原題: THE OTHERS
監督: アレハンドロ・アメナーバル
104分/アメリカ=スペイン=フランス/2001年
© 2001 Miramax