| インターポール捜査官のサリンジャーは,ニューヨーク検事局のエレノアと共に,国際メガバンクのIBBC銀行の捜査を続けていた.内部告発をしようとした銀行幹部との接触のためにベルリンを訪れたサリンジャーだが,検事局員を目の前で殺され,また告発者も事故死に見せかけて殺されてしまう.証言を得るためミラノを訪れたサリンジャーとエレノアは,軍事メーカーの社長から銀行が武器取引に関与していることを聞きだすが…. |
多国籍企業という「透明な巨悪」を告発する政治スリラーとしての野心を掲げながらも,本作の到達点はきわめて控えめである.架空の国際メガバンクIBBCが,投資部門の不正から武器密輸・麻薬取引,さらには各国諜報機関との癒着に至るまで暗部を抱えた存在として描かれる背景には,かつての国際商業信用銀行(BCCI)がある.BCCIは1991年に破綻するまで,イラン・コントラ事件,アフガニスタンのムジャヒディン支援,CIAの資金ルートなど,冷戦・紛争の裏面史を彩る数多の取引に関与していた.
多国籍企業の暴威が国家規制を容易にすり抜けてきた例は挙げればきりがない.ホンジュラス内政を影で動かしたユナイテッド・フルーツ・カンパニー,GMの破綻と米政府管理下移行,レイセオン社のミサイル外交,チリ・アジェンデ政権の転覆に関与したITT――いずれも企業利益の追求が地政学的危機を誘発してきた事例である.国境を超えて利益を最大化するコングロマリットの本性は,映画としてより深い掘り下げが可能だったはずである.しかし本作は,巨大組織の暴力性を核として扱うよりも,アクションと逃走劇の連鎖へと物語を委ねてしまう.
ニューヨーク・グッゲンハイム美術館での銃撃戦――制作費の4分の1を投入して実物大セットを建造した――は,確かに迫力を持つ.しかし,鮮烈な視覚効果は,むしろ作品が本来扱うべき「金融帝国の論理」の深淵を画面外に押しやった.頼みの綱として描かれるインターポールも,国家間警察協力の窓口にすぎず,捜査官に逮捕権すらないという制度的制約を負う組織である.現実世界の複雑な権力網に比べれば,映画的カタルシスのためにデフォルメされた対立構図はどうしても軽く映るだろう.
ベルリン,リヨン,ルクセンブルク,ミラノ,ニューヨーク,イスタンブールと舞台は世界をまたぎ,映像は華美である.しかしその広域移動のスケール感が,逆に物語の薄さを覆い隠すための布石に見えてしまう.アクションの派手さを頼りにした娯楽性が前景化したことで,社会派スリラーとしての可能性は十分に掘り起こされないまま終わってしまった印象.巨悪の構造が描かれたのではなく,その扱いの困難さが露呈した作品である.
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原題: THE INTERNATIONAL
監督: トム・ティクヴァ
117分/アメリカ=ドイツ=イギリス/2009年
© 2009 Columbia Pictures
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