■「エゴン・シーレ 死と乙女」ディーター・ベルナー

エゴン・シーレ 死と乙女 [DVD]

 第一次世界大戦末期の1918年,ウィーン.スペイン風邪で瀕死の画家エゴン・シーレと妻エディットを見舞った妹のゲルティは,医師ですら特効薬キニーネの入手は困難だと告げられる.途方に暮れつつ,かつてヌードモデルをつとめた頃の兄との懐かしい日々を回想する.1910年,ウィーン美術アカデミーを退学したエゴンは,エキゾチックなモアの虜になり,翌年,赤毛のヴァリと出会うと,瞬く間に恋に落ちるのだった….

 ーストリアとルクセンブルクの資本による映画だが,帝政オーストリアの公用ドイツ語を忠実に使用言語としている.ウィーン美術アカデミーに16歳の若さで合格するが,教授陣に失望して退学したエゴン・シーレ(Egon Schiele)の頽廃を描き,伝記映画としても文芸映画としても水準が高い.梅毒が脳にまわり狂乱した父が有価証券を焼却したことから,シーレ一家は貧窮に苦しむ.パトロンの援助に頼りながら,シーレは画業を続け妹ゲルティをヌードモデルに稼ぐ.

 ウィーン分離派グスタフ・クリムトGustav Klimt)に弟子入りするが,シーレのアヴァンギャルドな画風は表現主義の枠に収まらなかった.クリムトのモデルを務めていた褐色肌の舞台女優モア,また最高のミューズとなるヴァリ,後に妻となるエディットとその姉アデーレ.28年の短い生涯を彩る5人の女性は,磁気に引きつけられるようにシーレの周囲に配置されていく.シーレは弱冠17歳でウィーンにアトリエを構えたが,3年後に美術アカデミーを退学して新芸術家集団を興している.

 最初に住んだ場所は,母方の故郷があるチェコのクルムロフという美しい街だった.「私たちはいつも,未来に目を向けていくしかない.希望をもてない人間は,死者の仲間にすぎない」.頽廃とエロスで喧伝されるシーレだが,この言葉と逆行するように,野心とエゴイズムで女性を翻弄する軌跡を描いた.そこからは,むしろ死への強い衝動(タナトス)が仄見える.《男と乙女》(後に《死と乙女》に改題),《ヴァリの肖像》《横たわる女》など数々の名画がしっかりと本作の画面に収められ,シーレは被写体の内面に目を向けるとともに,死や性愛への強い執着を構想し続けたことが感じられる.

 「金のクリムト,銀のシーレ」と呼ばれたクリムトとシーレは,クリムトが装飾的で金箔を好んで用いたのに対し,シーレは黄土色をベースに頽廃的な作品を遺した.19世紀末,史上まれにみる文化の爛熟を示した世紀末ウィーンの芸術家として欠かすことはできない.親子ほども年の離れた2人は,奇しくも同じ1918年,ともにスペイン風邪をこじらせて死んだ.世紀末ウィーンの代表的芸術家の多くは,病と戦火を生き延びることができなかった.独仏を中心に,数千という年若い作家や芸術家が犠牲になった――これをヨーロッパ文化なるものへの幻滅,その事実は明白で無慈悲なものとポール・ヴァレリー(Ambroise Paul Toussaint Jules Valéry)は嘆いた.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: EGON SCHIELE: TOD UND MDCHEN

監督: ディーター・ベルナー

109分/オーストリアルクセンブルク/2016年

© 2016 Novotny & Novotny Filmproduktion GmbH