■「万引き家族」是枝裕和

万引き家族 通常版Blu-ray(特典なし) [Blu-ray]

 高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に,治と信代の夫婦,息子の祥太,信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている.彼らの目当ては,この家の持ち主である初枝の年金だ.足りない生活品は,万引きで賄っていた.社会という海の底を這うような家族だが,なぜかいつも笑いが絶えず,互いに口は悪いが仲よく暮らしていた.冬のある日,近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を,見かねた治が家に連れ帰る….

 会の連帯や結束を叫ぶ人々は,石を投げれば当たるように見つかる.しかし,家族の結束を呼び掛ける人はほぼ見当たらない."家族"を生物学的に定義することも,法的に概念化することも今では説得性が薄くなってしまった.機能主義を論じたタルコット・パーソンズ(Talcott Parsons)は,家族の機能として「社会化」「安定化」という二機能説を提示したが,地位と役割の機能をもち,精神安定を図ることができるのであれば,もはや血縁など不要となる.

 血のつながりがない人間同士が共同体を作る場合,代替的な磁力が必要になる.本作の「万引きして生きざるを得ない所帯の貧困」は表面的な現象であって,「犯罪でしかつながれなかった」というキャッチコピーを真に受けては本質を見落とすだろう.ごく短いヴィネット・シーンを積み重ねることで語られる各自のエピソードは,血縁とは別の相互依存の関係性による連帯をあぶり出す.そこには「血の通った」温かさや信頼関係が醸成されており,生物学的な遺伝子の伝授は不問とされて支障ないように見える.

 肩を寄せ合い,自分たちの存在意義を互いに確かめることができれば,短期的な展望のもと日々を凌ぐことができる.ただし,長期的な展望を描くことはできないために,法に定める権利と義務,社会規範としてのルール,道徳感情の欠如に対する〈制裁・処罰〉のサンクションが彼らに与えられる.そのとき,共同体はあっけなく崩れ去り再生することはできなくなる.その虚しさは宿命的なニヒリズムとして不可避なものというほかないだろう.

 この一家を引き裂き糾弾するのは規範を盾とする法秩序なのだが,貧困・孤立・虐待・排除といった問題群に手を打たなかったゆえの帰結であることに執行者は気づくことはなく,なんらかのバッファをもとうとする動きもまったく描写されない.解体後の"家族"を記憶にとどめながら,苦痛を抱きながら別の居場所を探し求める「彼ら」――擬制家族を選ばざるを得なかった人々は,犯罪のスキル共有でつながっているのではなく,痛みや悲しみを分かち合うことでかろうじて居場所を確保しているに過ぎなかったのだ.

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原題: 万引き家族

監督: 是枝裕和

120分/日本/2018年

© 2018 『万引き家族』 製作委員会