■「プレシャス」リー・ダニエルズ

プレシャス [DVD]

 ニューヨーク・ハーレムに暮らす16歳の黒人少女プレシャスは,二人目の子どもを妊娠していた.二人とも,実の父親に性的虐待されてできた子どもだ.彼女は実の母からも虐待を受けている.妊娠の事実が学校に知れ,プレシャスは学校を退学になる.代替学校に通い始めたプレシャスは,レイン先生と出会い,文字が読めるようになり,自分の感情を文字で人に伝える方法を知る.そして,劣悪な環境から抜け出そうと戦い始める….

 れ果てた絶望の土地から,希望の芽が顔を出す.そのためには,「開眼」が必要となる.開眼の助けになるものは,自己の内部の変化が,周囲に影響を及ぼすという手触りを信じさせる「教育」,いかなる苦境にあっても自己を否定しない「自愛」だ.前者は,賢く誇り高い教師が,後者はかけがえのない家族が与えてくれる.そんな解けない連環には,愛が寄与する.それを持たないプレシャスは,「高貴なるもの」の願いが籠められた名前とは裏腹に,低劣な教育と住宅水準,実母とその交際相手から日常的に行われる虐待行為に,拗ねた眼光を所在無く落とし,瞬間的な苦痛の過ぎ去ることだけを願って日常を過ごす.

 彼女の妄想は,逃避にして解離的だ.1987年のハーレムという設定には,エイズと同性愛の理解度がきわめて低かったことを連想させる.現実があまりに辛すぎた時,人は空想に「真実」を求めようとする.虐待を受け続けた子どもは,別の人格を作り出すことで自我を防衛しようとすることさえあるが,根本的には避難にしかならない.プレシャスもすぐに現実に引き戻される.その母を演じたモニーク(Mo’Nique)の独白が圧巻.また,低所得者に対する福祉政策が,"貧困の罠"を生み出し,彼らがうまくそれを利用する問題の描き方は説得力がある.モニタリングに訪れたワーカーの目を欺くため,その場面だけは従順で常識的に振舞う母の狡猾さは,生存への執念.

 恋人の子を孕んだ実の娘に対する嫉妬を,見事な迫力で提示したモニークは,実生活では7歳の頃に2年間,実兄ジェラルド・アイムス(Gerald Imes)から性的虐待を受けたという.アイムスはモニークに謝罪の意を表明しているが,その受け入れを彼女は拒否している.愚弄と無知,病に冒されても「死に体」にならず,母の呪縛を振り払おうとするプレシャスの前進は,前途多難であっても希望を失わないための「条件」を考えさせる.映画の内容はフィクショナルだが,残念ながらメルヘンではない.

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原題: PRECIOUS: BASED ON THE NOVEL PUSH BY SAPPHIRE

監督: リー・ダニエルズ

109分/アメリカ/2009年

© 2009 PUSH PICTURES, LLC