■「竜馬暗殺」黒木和雄

竜馬暗殺 [Blu-ray]

 薩長連合を成立させた土佐の坂本竜馬は,その革新的な思想のために,佐幕派倒幕派の双方から命を狙われていた.身の安全をはかるため,竜馬は隠れ家に身を隠す.だが,そこにも竜馬の命を狙う刺客の手が迫っていた.今も根強い人気を誇る幕末の志士・坂本竜馬.彼が暗殺されるまでの最後の3日間を,70年代の新左翼運動の内紛とダブらせて,16ミリ撮影によるザラついた映像で描く….

 本龍馬のブームは,恐慌のように一定の周期をもって出現する.時代の閉塞感を打ち破るのに格好の人物と一般にみなされる剣客にして,智略家.ここ十数年に限ってみると,龍馬を演じる役者はみなヤサ男か小物であることが多い.本作の原田芳雄は,顔は似ていなくとも,強引さや薄汚さ,カリスマ性という点で相当,龍馬を「模倣」していると思えるパワーがある.この作品は,龍馬が暗殺されるまでの3日間をじっくりと描く.モノクロ・スタンダード画面に,薩長連合の立役者や大政奉還の偉業をあえて描かない.誰からも愛されるキャラクター性をもちながら,「官軍弥(いよいよ)勝に乗って短兵急に拉(とりひし)ぐ」と太平記にあるような発想と行動は目立ちすぎた.気づけば周囲は敵だらけの状況を作り上げていた若き竜は,生命力に満ち溢れていたことが理解できる.そんな作りとなっている.

 慶応三年十一月.薩長同盟の後,海援隊の常宿"酢屋"から"近江屋"の土蔵へ坂本龍馬は身を移す.封建制を崩し民主社会を作るため,公武合体を唱える龍馬は,佐幕派・勤皇派問わず"危険な思想家"とみなされていた.暗殺を逃れるため,近江屋に隠れる龍馬.隣家には,意味ありげな表情の娘・幡がいた.かつての同志,陸援隊々長・中岡慎太郎からも命を狙われることとなった龍馬は,豪胆にも,中岡と行動を共にすることを恐れない.薩摩藩士・中村半次郎配下の刺客で幡の弟に,右太という青年がいた.彼もまた,龍馬の首を狙う.集団舞踏"ええじゃないか"が荒れ狂う十一月十五日,龍馬と中岡の命運は尽きようとしていた.

 新撰組京都見廻組土佐藩士や郷士,庇護者であるはずの薩摩にまで付け狙われていた龍馬だが,暗殺の実行犯は藪の中.彼の歴史的業績と青春活劇的象徴のどちらでもない側面をフォーカスするならば,国士と一青年の狭間で呻吟した自我の揺れ動きが要となる.天誅の乱発がなされる維新において,薩長同盟の成立は幕府の長州再征を失敗に導くなど,龍馬が政権中枢部にインパクトを与えたことは疑いない.土佐,長崎,福井を奔走,新政府の構想を練っていた龍馬は,時代の行く末を壮大な展望で見通そうとした.本作が製作された1974年,学生運動が沈静化し,権力闘争に身を投じたように見えた学生たちの行き場のないエネルギーは,維新の志士になぞらえられ評価されることも多かった.残念ながら,龍馬の展望と,内ゲバで自滅していった愚かな青二才たちとは次元が違っていた.

 埃が舞い立つようなモノクロ映像と,龍馬の「健脚」が実に印象深い.集団ヒステリー"ええじゃないか"に紛れて失踪する幡は,唯一,龍馬暗殺の実行犯を目撃した人物であった.その喧騒は時代のうねりを暗示するものであろう.時代考証などは期待できないが,この時代を駆け抜けた男のストイックな実像をイメージさせる意味で,本作の貢献は軽視できない.近江屋の土蔵は,偶然ロケハンで見つけた場所を撮影地にあてがわれたもの.ATG映画スタッフに時代劇の経験値が乏しかったため,旧大映撮影所のスタッフが召集されたという.龍馬を演じた原田は撮影当時,龍馬の享年と同じ33歳だった.

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原題: 竜馬暗殺

監督: 黒木和雄

118分/日本/1974年

© 1974 映画同人社=ATG