■「カモメ」中村幻児

カモメ [DVD]

 1982年,愛媛県松山市内にある高級クラブのナンバーワンホステスの悦子が,元同僚のホステスに殺された.犯人の福間和江は彼女の恵まれた生活に嫉妬し犯行に及んだのだ.犯行後,悦子の家財道具を売り払い,夫に手伝わせて悦子の死体を山中に埋めた和江.その後,彼女は逮捕された夫と子供を置いて逃亡生活を送るようになる….

 執を正の方位に生かせば,誰も不幸の坩堝に囚われることはなかったであろうに――第三者からの勝手な観測を跳ね除ける,サディスティックな事件と逃走劇.1982年8月24日の同僚ホステス殺害から,時効寸前の1997年7月29日の劇的逮捕は,容姿,年齢,天性の女性的魅力に乏しい加害者福田和子を強烈に世間へ印象づけた.

 突出した美貌をもたない代わり,それなりの愛嬌で男を籠絡する持ち味を強く窺わせる人物だが,所有欲と嫉妬の情炎は常軌を逸していた.14年と340日に及ぶ逃亡生活は,整形と転職を繰り返し,居住地も松山,金沢,福井と転じた.娑婆への執念に包まれた金と性の獲得と発散,それが福田――作中では福間和江――の絶対的行動指針.

 社会規範からかけ離れた指針が,いかにしぶとく命脈を保ったかをダイレクトに描く本作は,挑発的ではなく「これでも性善説を信じるか」と鑑賞者を詰問している.不便を強いられた長年の逃亡の悔いとは,自分が「巻き込まれ」たことと居直る「被害者意識」.

 人間の域を外れて固められた知覚,清々しく決意を語る異常性は,人間として末期以前の別次元であるというほかはない.実際の事件の容疑者の内面を実測することは世論にはできないものだが,本作では存外の人間らしさや慎みなどとも皆無の化物として罪人を造型した.長年の福田追跡で人生を狂わされた刑事の,噛み潰された愁嘆が忘れがたい.

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原題: カモメ

監督: 中村幻児

96分/日本/1999年

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