■「マスク」ピーター・ボグダノヴィッチ

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 2,200万人に1人の割合で発症する奇病ライオン病.15歳のロッキー・デニスは,この病に冒されていた.デニスの異様な外見に,多くの人は恐れをなし,近づこうとしなかった.母のラスティと友人のバイク仲間,親友ベンらは違っていた.デニスは,知能的には同年代と比べてむしろ勝っていた.学校ではトップクラスの成績,また正義感とユーモア,思いやりのあふれる優れた人格の持ち主であった.しかし,ライオン病は進行し,デニスの未来を奪おうとしていた….

 口のおよそ1%に発症するとされる一種の神経症に「醜形恐怖症」というものがある.外見上の欠点が客観的には認められないにもかかわらず,本人は「自分は醜い.そうに違いない」と思い込み,発症者の2割はうつ状態となりひきこもるという.心理状態にかかわる病態なのだったらやむを得ぬ面もある.症候群を呈するきっかけや,トラウマなどもあることだろう.しかし誰しも,理想とは遠い外見の「自分」という現実に向き合わねばならない.もう少し鼻が高ければ――,目がぱっちりとした二重だったら――,はにかむ願いの渇きは,昨今の整形手術の流行にも示される.

 困難に直面していても,気高く生きる人の姿から,われわれは本源的な学びを得ることができるはずだ.健全な精神を持ち合わせていれば,彼らを指して「自分より劣った存在」などと思い上がった考えは浮かんでこないだろう.日本では「獅子面病」とも呼ばれる奇病とともに生きたデニスは,17歳を目前にして世を去った実在の少年である.病により,頭蓋骨全体に沈着した異常な量のカルシウムで目は極端に広がり,鼻には鼻柱がなく,顔の長さは普通の人の2倍もある.彼と懇意になった盲目の少女ダイアナの両親が,娘のボーイフレンドを見て絶句したのは,残念だが自然な反応である.デニスの人柄と能力には申し分がない.問題は,顔,顔だけなのである.

 ダイアナが盲目だから彼が「妥協」して彼女に近づいたのだと安易に連想されてしまう.実際は,そうではない.けれど,取り巻く人はそのようにみなしてしまう.見ているこちらは,そこに痛みを感じる.同時に,ダイアナの両親の心境を想像してみれば,彼らの非難はできないと理解もできる.デニスの魂の美しさを,心眼で見通すダイアナの無垢さも,偏見と差別に凝り固まった現実社会に太刀打ちできないことを,われわれは危惧してしまうからである.デニス役は,インディペンデント映画の活躍が目立つエリック・ストルツ(Eric Stoltz).1985年には「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主役に抜擢されるが,主人公が高校生に見えない,とする声が高まり,降板させられている.その役がマイケル・J・フォックス(Michael J. Fox)の当り役になったのは周知の通り.

 特殊メイクでストルツの顔はまったく見えないが,繊細な少年の立ち居振る舞いは感じ取れる.デニスを支えるように見えて,実は息子に精神的に依存していたラスティ役のシェール(Cher),ローラ・ダーン(Laura Dern)の盲目で可憐な少女ぶりも素晴らしい.きな臭いヒューマニズムに逃げず,デニスのけなげな希望と恋が破れるまでを,臆することなく描いた潔さに好感が持てる.胸が締めつけられる思いの先に,大海原を前にした人間が,悩みのちっぽけさとそれにこだわることのバカバカしさに気づくのに近い感慨が得られる.それは同情や憐憫ではない.わが身がブサイク?どの口がそれをいう.

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原題: MASK

監督: ピーター・ボグダノヴィッチ

120分/アメリカ/1984

© 1984 Universal Pictures