■「望み」堤幸彦

望み Blu-ray豪華版(特典DVD付)

 建築家である父の一登が設計した瀟洒な一軒家に暮らす石川家は,一登,母の貴代美,息子の規士,娘の雅の4人,誰が見ても幸せそうな仲睦まじい家族だ.そんな一家に翳りがさし始めたのは,高校に通う規士が,ケガでサッカーをやめたことがきっかけだった.目標を失い,ふさぎがちな規士は,一登や貴代美が諭しても反抗的な態度で返事もしない.冬休みに入り,夜遊びをするようになった規士は,ある日出かけたまま,翌日になっても帰ってこなかった….

 雅で清潔感に溢れた建築様式の一軒家.広々とした開放的なキッチンとダイニング,明るすぎず暗すぎない照明,2階の子供部屋へ通じる階段と廊下の見通しはよく,換気にも配慮され家族の往き来が把握しやすい空間設計.合理的な様式美を基礎とする建築を手がけた男と妻,彼ら2人を両親にもつ一男一女の家族関係は良好に見えた.長男の通う高校の少年らによる殺人事件に巻き込まれ行方不明になった長男を案じる生活が始まると,残された3人の関係にも亀裂が生じる.

 事件の加害者・被害者にかかわらず息子の生存をひたすら信じる母,犯罪者として兄をもつくらいなら,むしろ被害者であった方がマシと考える妹,あらゆる可能性を想定してゲマインシャフト(自然的共同体)としての「家」を維持する責任感に駆られる父――それぞれの立場で一様に長男を心配するものの,置かれた立場や価値観の違いから家族関係に暗い影が落ちていくプロセス,SNSによる中傷と社会的影響に及ぶ情報拡散の脅威が一家を襲う.マックス・ヴェーバーMax Weber)は,特に家族共同体こそが,ゲマインシャフト関係を最も強く適切に表すと考えた.

 共同体には必ず自治組織の属性が生まれ,自治は秩序を保つために一般に機能する.家族の立場により,一家の長男――親にとっては息子,妹にとっては兄――へ向かう「願望」は異質なものとなる.皮肉なことに,長男の失踪が家族共同体の弱みや恥部を明らかにしていくのである.だが長男本人の「望み」「願い」こそ,すべてを結ぶ糸となっていたことが明らかになっていく.ミステリーとしては陳腐で複雑さもないが,言葉を発することなく家族の前から消えた彼の「思い」こそ,家族を再び強く結びつける.

 ドローンによる空撮で地上に下降して家族の象徴「建築家屋」が映し出され,地上から大俯瞰して終える撮影技術は,悲劇に見舞われ孤独に葛藤していた長男の魂魄が一家の下で生を過ごすために降り立ち,不慮であろうと時が満ちれば地上から飛び立たねばならない暗喩の意味をもたせている.本作のロケーションは,「戸沢」という架空の町が舞台となっているが,のどかながらも閑散とした郊外ベッドタウンがイメージされ,埼玉県所沢市を作品の舞台に設定して,朝霞市坂戸市,東京都青梅市で撮影された.

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原題: 望み

監督: 堤幸彦

108分/日本/2020年

© 2020「望み」製作委員会