■「遥かな町へ」サム・ガルバルスキ

遥かな町へ [DVD]

 パリ在住の漫画家トマ・ヴェルニアは,48歳の中年男性.あるときトマはふとした事から郷里である1960年代のフランスの田舎町にタイムスリップしてしまう.そこはまさに父が失踪しまう数日前であった.14歳に戻ったトマは繰り返される人生のなかで,父がいなくなってしまう理由を知ろうとするのだが――果たしてトマは,やがて訪れる"父の失踪"を止められるのか….

 取県倉吉市の出身である漫画家・谷口ジローの代表作『遥かな町へ』の実写作品.ハリウッドに製作権が渡らなかったことが僥倖だった.家族全員が揃っていた少年時代,トマには何の憂いもなかった.年相応に将来への期待と不安,淡い恋への対処に戸惑うが,家庭に守られる時代がしばらくは続くと疑いもしなかった時期.48歳で漫画家となったトマ――原作では事務所を構える設計士――は,時空のきまぐれに陥り,14歳の「場」と「肉体」を得る.

 ただ精神だけが34年分の「記憶」と「経験」を保有している.青春時代を再度,質を高めて謳歌する奇妙.何の前触れもなく父が蒸発した日を,生涯忘れ得ぬ日とトマは記憶していた.なぜなら,それは父の40歳の誕生日の夜であったから.父が失踪した後の母は苦労を重ね,早世してしまう.家族の悲しみを知る自分にできることは,父に失踪を思いとどまらせ,家庭に連れ戻すこと.すなわち"運命を変える".

 父が密かに出立する誕生日,トマは駅で父を待ち伏せ,家出の意思を責める.だが「お前も大人になれば分かる」と逆に諭され,言葉に詰まって父を引き止められない.48歳のトマは「不幸とは呼べないが"満たされない日々"」に,心を摩耗していく侘しさを実感してきたからだ.祖母から聞き出した話では,父は戦死した親友の恋人と結ばれ,自分と妹をもうけたという.親子の情を超え,同世代の男性としての共感がトマを縛る.涙に暮れる母を抱擁する14歳の息子の逞しさ,その秘密を母は永遠に知ることはない.

 トマは悟った.結局引き止めることのできなかった父が,いかに自分を抑圧して家族を守り,自分たちがどれほど無自覚であったかということ――いまや自分も家庭を持ち,「その日」の父よりも年上となった事実を築いていても,号泣を抑えることができなかったのだ.ヨーロッパにおける日本発"MANGA"の評価は,本作のように抒情性豊かな映画が1つの成果である.実に繊細な感性に溢れた原作を,見事に尊重した結果,映画作品として新たな息吹を実現した.

原題: QUARTIER LOINTAIN

監督: サム・ガルバルス

97分/ベルギー=フランス=ドイツ/2010年

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