■「デッドゾーン」デヴィッド・クローネンバーグ

　交通事故で5年間昏睡状態を続けていた高校教師のジョニーは，奇跡的に目覚め回復するが，なぜか人の未来を予知する能力も備わっていた．やがて彼は上院議員のスティルソンと出会うが，そこで彼が予知した未来は，スティルソンが核ミサイルのスイッチを押す姿だった…．

　平凡な人生でささやかな幸せが目前となっていたのに，昏睡状態以後に生じたデッド・ゾーン――脳の損傷領域の影響――人の過去・現在・未来が見通せる「力」で，スミスは人命を救い，行方不明者を発見し，難事件の解決の糸口をつかむ．だが，異能を身につけたがゆえに，延々たる孤独と絶望が彼を苛む．スティーヴン・キング（Stephen Edwin King）の原作は，交通事故による数年間の昏睡を経て，予知能力者に変貌した無名の高校教師ジョニー・スミスと，未来の世界で核戦争の引き金を引く次期大統領候補グレッグ・スティルソンの人生を交錯させていた．

　デヴィッド・クローネンバーグ（David Paul Cronenberg）は，映画化にあたりスミスの視点に限定して物語を構築したが，原作の寒々しい世界観は損なわれていない．人類を破滅に導く愚挙を犯すことが確実なスティルソンは，野心に満ちた政治家以前に存在してはならない兇賊．しかし，スミス以外にそれを誰も知り得ない．霊感の存在に懐疑的な医師ウィザックに，スミスが投げかけた質問「ヒトラーが台頭する前のドイツに行けたら，一体何をしますか？」．ウィザックの答えは「私は医者だ．人の命を救うのが仕事だし，人間が好きだ．だから彼を殺す」．

　スティルソンの大統領当選を阻むこと（暗殺）を大義とするなら，アイロニカルな英雄的行為も意味をもつ．その確信を得る重要なシーンだが，演説会場でスミスに狙撃されたスティルソンの困惑の怒声「畜生，誰に頼まれた」も同様に重要．存在を許されるべきではない政治家の政治生命を絶ち，世界の運命を「修正」することにのみ，スミスの希望は託される．デッド・ゾーンを得たことでの絶望を超え，変容させた意味での希望であるが，人知れず人類と世界を救済したことの悲劇的代償が彼を待ち受ける．そのことも，むろん承知の決行だったことに，殉教にも似た尊さがスミスには与えられるのである．

　予知能力に目覚める前の平凡な教師であった時代，スミスは，ハロウィンでそそくさと帰っていく学生に”首なし騎士”が気に入るだろうと『スリーピー・ホロウ』を読むことを勧めた．スミスを演じたクリストファー・ウォーケン（Christopher Walken）は，映画「スリーピー・ホロウ」（1998）でその首なし騎士を演じている．本作で合衆国大統領（候補）の座を永遠に失ったスティルソンを演じたマーティン・シーン（Martin Sheen）は，NBCで放送されたTVドラマ「ザ・ホワイトハウス」（1999-2006），「核弾頭メデューサ」(1997)で大統領を演じている．

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原題： THE DEAD ZONE

監督：デヴィッド・クローネンバーグ

103分／カナダ／1983年