■「ジョー・ブラックをよろしく」マーティン・ブレスト

ジョー・ブラックをよろしく [Blu-ray]

 死が間近に迫った大富豪の男のもとに,ジョーという死神の青年が現れる.男は旅立つ日を遅らせてもらうことと引き換えに,人間界の案内を引き受ける.やがて,彼の娘は見覚えのあるジョーの姿に驚き,彼もまた彼女に興味を抱くのだった….

 間の心中にある印象や意図は,そのまま取り出して他者に伝達することはできない.何かを媒介して情報を伝達する手段・技術的装置を必要とする.すでに寿命が尽きかけている実業家ウィリアム・パリッシュに,この世の引導を渡すため突如現れた"死神".一代で巨万の富を築きあげたパリッシュのビジネスとは,WEBコンテンツが主流になる以前――紙を媒体とする新聞・雑誌,電波を媒体とするテレビ・ラジオ――のマスメディア産業であった.

 メディア王として人生の成功を収めたパリッシュは,ニューヨークのフィフス・アベニューにあるペントハウス近郊にある別荘で最期のときを過ごす.この世からターゲットを連れ去る死神は,恐怖の対象ではあっても生死の精算を執行する履行者に過ぎない.その死神も感情や好奇心を持ち合わせた茶目っ気があり,パリッシュの美しい娘に興味を抱く.恋愛なるものを含め,人間社会の機微を体験するため,パリッシュに「数日の猶予」を与える.その間,死神は美貌の青年の姿を借りて束の間の体験を愉しんでいくのである.

 美女との肉体的交歓を得る描写は凡庸だが美しい.しかし,味覚を刺激し堪能するシーンは可笑しくも愛しい.白ワインと赤ワインの芳醇な香りはどちらも好まず,ローラ・スカッダーのピーナッツ・バターには心を奪われる.死神にとっては,人間の寿命など刹那の時間に等しい.その短さにいくつもの歓喜の瞬間があり,人は生を燃焼することができる.それは,理性を強調する合理主義や実証主義の哲学に反して「体験としての生」による意志と感情へのアクセスと享受である.

 メディアの語源は「神霊や死者の意志を取り次ぎする者(霊媒)」を含む.超自然的存在との接触・交流を通して,メディア王の大富豪は人生を総括し,死を迎える段階を受け容れその価値観を醸成するのである.この世は美しく,去りがたい――その官能を超越的存在と共有できた彼の"臨終"は,描写されることなく慎ましく示唆される.起伏に乏しい冗長な上映時間も相まって,ハリウッド映画とは思えぬ情緒性の高い作品.製作費9,000万ドル,北米興行収入は約4,500万ドルに留まったが全世界では約1億4,300万ドルのヒットを記録した.

原題: MEET JOE BLACK

監督: マーティン・ブレスト

181分/アメリカ/1998年

© 1999 Universal Pictures