▼『半島を出よ』村上龍

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

 二〇一一年春,九人の北朝鮮武装コマンドが,開幕ゲーム中の福岡ドームを占拠した.さらに二時間後に,約五百名の特殊部隊が来襲し,市中心部を制圧.彼らは北朝鮮の「反乱軍」を名乗った.慌てる日本政府を尻目に,福岡に潜伏する若者たちが動き出す.国際的孤立を深める日本に起こった奇蹟――.

 済大国・日本の“盟友”として,表面上にはいくつかの国が存在する.それは日本が受けている国際的なベネフィットの1つである.仮に国家財政が破綻し,この優位が崩れた時,かねてから様子を窺い,ここぞと牙を剥く国家が仕掛けてくるテロ.日本の弱点が露呈することは自明,問題は,どう露呈するかということである.

 2011年,大量のドル国債アメリカ政府に剥奪され,円と株価の大暴落に見舞われた日本は,ついに国民の預貯金まで凍結した.国家財政の破綻である.それに乗じて,北朝鮮・高麗遠征軍のコマンド9人が福岡ドームを武力占拠し,3万人の観客を人質に取る.さらに484人の特殊部隊が市中心部を制圧した.テロリストの目的は,九州地方を日本から切り離し,独立した地域として国際的な証左を得ることであった.日本政府の政治と官僚機構は,連携的に機能できず,報復攻撃の糸口をつかめない.日本政府は,テロの拡大を警戒して,福岡を本州から分離することを決断した.12万人の北朝鮮兵士からなる,さらなる後続部隊が福岡へ接近してきていた….

経験がないということだ.日本固有の領土に外国の軍隊が攻め入ってきたという経験がない.…中略…経験がないためにどうすればいいのかわからなかった,それが案外真実ではないのか.そしてそれは国際的に愚かだと評価されるのだろうか

 恐怖と忠誠心で規律される北朝鮮の兵士たちに対し,日本の軍事力以上に脅威であったのは,享楽的文化やインフラ整備であった.本国では考えられないポルノ雑誌や清潔な水.これが日本の「当然」である事実に,兵士たちは驚く.文明のレベルの違いを埋めるためのテロ行為を,フィクショナルに,圧倒的な情報量で描く.内部の内部は外部,とはよく言ったものである.内憂外患に悩まされる日本の内部において,人知れず組織されるアングラな連中が,テロ特殊部隊へのカウンターテロを仕掛ける.

 「北朝鮮の現体制に対する反乱軍」を自称する高麗遠征軍の真偽を日本政府は突き止めることができない.国連に対しても,北朝鮮への制裁決議を促すことができず,対応が後手に回っているうちに,高麗遠征軍は住基ネットを駆使して資産家の拷問と財産没収を断行する.これを少なからず歓迎した福岡県民に取り入る懐柔を用いて,中央政府への不信感と分断は確実に進行していた.

 本書は,人物描写を丹念になす努力により,登場人物の呵責ない「人権意識の欠如」を物語るグラウンドが異常なリアリティを持つ.特に上巻に漲る緊張感と,それを支える数々の伏線の鮮鋭は見事.後半,やや失速感はあるものの,読者を惹き付けながら物語を終結させる力量で描き切っている.虚構の暴力がリアリティを伴って感じさせるとすれば,それは著者の想像力と描写力が無比であることの証である.

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原題: 半島を出よ

著者: 村上龍

ISBN: 4344410009;4344410017

© 2007 幻冬舎