■「未来惑星ザルドス」ジョン・ブアマン

未来惑星ザルドス [DVD]

 核戦争によって荒廃した未来社会.人類は一部のエリート=ボルテックスによって支配され,他の人間は獣のように扱われ文化水準は大きく後退していた.ボルテックスの手先だったゼッドが,ある日支配体制に疑問を持ち,ボルテックスの正体を調べはじめる.やがて,神と思われていた彼らが,実はひ弱な科学者であったことが判明する….

 老不死への希求――メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』におけるシュメール王朝ギルガメシュ王(Gilgamesh)や秦の始皇帝が本気で探索した永遠の夢.ギリシア神話竹取物語にも同じテーマが繰り返し登場するが,そのいずれも失敗に終わる.1970年代のSF映画は,「スター・ウォーズ」(1977)に代表されるスペース・オペラ的作品が席巻した.1960年代の「2001年宇宙の旅」(1968)の形而上的なプロットと比べ,スリル溢れる娯楽大作が主流をなしていく時期,それが1970年代のSF映画のトレンドであった.本作は,SF映画の「過渡期」の象徴と位置づけられることの多い作品.いわゆる娯楽大作には程遠く,カルト作品に類するだろう.寓話を語る”器”としてのSF映画の強みを発揮し,不老不死さえ可能になった未来世界の機械的な冷徹性よりも,生々しい人間性が結局は勝利することを物語の基本とする.「宇宙戦争」(1953)でSFにおける映画文法の理が拓かれ,60年代には未来世界の負の側面が強調される作品が多くなってきた.それがエンターテインメントにシフトしていく過渡期に,突如として現れた作品である.

 「スター・ウォーズ」の3年前の作品であり,イギリスの奇才ジョン・ブアマン(John Boorman)が原作・監督・製作を務めた八面六臂の自己流.それに乗じたショーン・コネリーSean Connery)のそれまでの停滞を払拭する転換を決定づけた.同じ系統の文学は,菊池寛の短編「極楽」.夫を亡くした老女が,死ねば極楽で夫と暮らせる事を心の拠り所にして往生する.いざ極楽で夫と再会してみると,たしかにそこは平和で安住できる楽園だった.しかし,いつまでも静かな生活をしていると飽きてくる.いつになれば生活に変化が訪れるかを夫に訊ねても,「何時までも,何時までも」このままだという….退屈であることの苦痛と不毛を,恍惚人間と思想犯の老人たちに重ねて描いた本作には,不死に対する冷笑がある.中枢を破壊されたボルテックスの住人は,口々に「殺してくれ!」と叫びながらエクスターミネーターに殺到する.その異様さと滑稽さ.桃源郷アルカディアニライカナイ,いずれもユートピアではある.性欲も寿命もなくなった人間の幸福観の懐疑は,科学への警鐘と人間の内面を讃歌する社会諷刺とテクノロジー批判の王道.コンスエラも生身の人間となり,不死を失った代わりに,性欲と子孫を手に入れた.ゼッドとコンスエラがザルドスの内部で白骨化するまでの過程は,ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンLudwig van Beethoven)の交響曲第7番第2楽章の調べに乗せられ描かれる.荘厳さとユートピア・ボルテックスの薄気味悪さを超えた末に手に入れた,人間であるがゆえの生々しさ.このラストは忘れがたい.

 コンスエラを演じたシャーロット・ランプリングCharlotte Rampling)の冷徹美もいいが,何よりゼッド役のショーン・コネリーSean Connery)のフェロモンと男臭漂う生命力が,「優秀な生殖力」とストレートに表現され傑作である.無為に怠惰となった向上心もない,骨抜きになった楽園世界を破壊して人間性を取り戻させる.ここでいう人間性は,ヒューマニズムではなく肉欲,衝動性といった獣性にも通じる「生への餓え」.毛深く絶倫のゼッド役は,当初バート・レイノルズ(Burt Reynolds)に演じてもらう予定だった.しかし,体調を理由に降板.そこで,コネリーに依頼することになった.丁度この時期のコネリーは,007の強烈なイメージから脱却するべく模索を図っていた.オリエント急行殺人事件(1974)の大佐役,「風とライオン」(1975)のアラブの部族長役など,1970年代前半はコネリーにとって試行錯誤と模索の期間だった.その真っ只中,本作では下手にジェームズ・ボンドのセックスアピールから逃れようとするのではなく,それを自身のPRのひとつと受け入れ,男臭さを存分に奮うゼッド役を自然に演じた.もちろん,それはこの映画にとってもコネリーのその後のキャリアにとっても奏功した.さらに本作では,ヒゲ面で体毛もっさりのコネリーがウェディングドレスを着こなす場面も登場.なかなか見られない画だが,キワモノここに極まる.

 エロスと衝動性と死に向かう欲求があって,人間の生が完結する真実から目を背けるな,というメッセージをブアマンは主題に据えたのかと思いきや,案外そうでもない.鳴り物入りの割に低予算(100万ドル)の製作費であったため,コネリーへのギャラはブアマンのポケットマネーから支払われた.本作の象徴ともいえる飛行岩ザルドスは,夢に出てきそうなほどのインパクトがある.この顔は,ブアマンがモデルとなっているという.また,映画でゼッドに射殺される農耕作業中の獣人は,ブアマン本人.「趣味で好き放題やらせてもらった」とほくそ笑むように,彼自身のジオラマであり世界観である.なお,邦題に「惑星ザルドス」とあるが,異なる惑星の物語ではない.あくまで未来の地球の話である.Zardozの語源は『オズの魔法使い』(The Wonderful Wizard of Oz)をWiとofを除いて繋げたもの.同書へのオマージュであり,神と崇められたオズの正体は軟弱な科学者であることと,ザルドスを開発し操縦しているのは,やはり人間であることに失望する本作の設定は同一なのである.

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原題: ZARDOZ

監督: ジョン・ブアマン

106分 / イギリス / 1974年

© 1974 John Boorman Productions