■「パラダイス・ナウ」ハニ・アブ・アサド

パラダイス・ナウ [DVD]

 ヨルダン川西岸地区の町,ナブルス.イスラエル占領下のこの町に住むザイードとハーレドは,閉塞感と絶望を感じながらも,暇を持て余す日々を送っていた.そんな中ザイードは,自爆志願者をつのる組織の代表者・ジャマルに,ハーレドともに自爆攻撃を遂行するよう告げられる.二人は自爆攻撃に向かう準備を粛々と行い,爆弾を付けたベルトを装着.攻撃地点へ赴くため,ナブルスを囲むフェンスの穴をくぐるが….

 スラム原理主義者と過激派は同質のごとく見なされがちだが,そこに占める過激派はごく少数である.それにもかかわらず,イスラムの脅威と自爆行為の戦慄的イメージは密接不可分なものとして,すでに西欧社会に染み透っている.悪魔の所業としか思えぬ数々のテロ行為の中でも,無差別自爆テロの不条理,一般市民を殺害するために自らを犠牲にする戦慄.〈自爆テロ〉に対し,とりわけ9.11以降のCNN発信映像が強力に世論に与えたのは,イスラムスンニ派の殉教,豊かな顎鬚のムスリム=狂信的テロリスト,というイメージだった.

 あまりに素朴すぎて忘れてしまいがちになる事実として,実行者も「人間」なのだということがある.ロンドンの爆破テロ事件の影響で,本作はケンブリッジ映画祭での上映が中止された.殉教者の賛美につながること,テロの連鎖反応を警戒した措置である.それが誤りだとはいわない.しかし,本作の内容として,平凡な印象の若者たちが牙を研ぐ経緯というよりも,凡人が決行の意思を固めるまでの輾転反側を描いている.

 生活の基本インフラすら事欠くイスラエル占領下のパレスチナ人,さらに幼馴染のサイードとハーレドは,父親をイスラエル側に撲殺された.ある人物の振りかざす生ぬるい理想論と,それに対する実行犯の反応を通じて,対話と理解を安易に促すことなどできないと痛感させる.真の信仰心を試される絶好の場と「洗脳」されたとしても,現場の決行には足踏み,母親の顔を見たくなる.テロ声明のビデオ収録では,何度も撮りなおしを命じられ,指導者層の安直な指示にも,ずさんさを感じずにはいられない.彼らはみな弱弱しく,思い込みを拠りどころとする人間として存在しているのだ.

 サイードとハーレドの瞳の色は,なんともいえず美しい.イデオロギーに汚されていないようにも見える澄んだ眼差しなのである.そうでないことを描く暗澹たる結末は一切の容赦がない.テルアビブ,ヨルダン川西岸パレスチナ自治区ナブルスで撮影は行われた.「楽園の瞬間」を信じ込まされ,生産され続ける地である.そうやって,人間性を埋没させている事実に怖気を震うだろう.

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原題: PARADISE NOW

監督: ハニ・アブ・アサド

90分/フランス=ドイツ=オランダ=パレスチナ/2005年

© 2005 Augustus Film , et al.