▼『菊と刀』ルース・ベネディクト

菊と刀 (講談社学術文庫)

 第二次大戦中の米国戦時情報局による日本研究をもとに執筆され,後の日本人論の源流となった不朽の書.日本人の行動や文化の分析からその背後にある独特な思考や気質を解明,日本人特有の複雑な性格と特徴を鮮やかに浮き彫りにする.“菊の優美と刀の殺伐”に象徴される日本文化の型を探り当て,その本質を批判的かつ深く洞察した,第一級の日本人論――.

 国戦時情報局から,一連の戦時研究のひとつとして1944年6月,「日本統治」の資料提供を依頼されたルース・ベネディクト(Ruth Benedict)は,文化人類学研究に必須とされる「フィールドワーク」が不可能という制約に直面した.在米での研究は,米国内日系人ヒアリング,多岐にわたる日本文化の表現物(文学,映画)の鑑賞と分析,文献渉猟に頼るほかなかった.そのようにして日本人的「気質」(日本文化の「型」)の提示を行ったのが,本書である.

 急進的な文化相対主義の概念に特徴付けられるような,文化のパーソナリティを探り当てようとする試みは,戦時中の対日観に依拠する部分も多い.しかし,むしろその既存概念に縛られない考え方に重きを置いて,日本人の価値観の体系を考察する独自の視点が豊富である.美を愛好し,俳優や芸術家を尊敬し,菊作りに秘術を尽くす「菊」と,刀を崇拝し武士に最高の栄誉を帰する「刀」.これらは相互に矛盾を呈する.だがベネディクトはこれを縦糸と横糸の分析軸ととらえ,菊と刀は一枚の絵の「各部」であると規定する.

 名誉や恥に縛られる共同体の規範は,西欧文化に見られる「恥」の観念とは大きく異なり,それが芸術への愛着などの審美と対立せずに独自の日本「型」を形成していると分析した.複雑な文化のパターンを読み解くため,二項対比で単純化したことの妥当性は問われるべきだが,文化相対主義を基礎にすえた類型的視点としては,ベネディクトの洞察はアクチュアルで斬新だったといえよう.

 ベネディクトが1934年に著した『文化の型』は,北アメリカ,メラネシアの三つの未開社会の文化を題材に,個別文化の「世界観」の相対性を析出するものだった.こちらも名著だが,文化の統合的形態の方法論としては,本書の方がより洗練されている.すなわち,一地域における価値体系が実現する順応というものに,根拠と動機が与えられた一貫性による「体系性」,その文化的形態に対する尖鋭なアプローチという点において.

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Title: THE CHRYSANTHEMUM AND THE SWORD - PATTERNS OF JAPANESE CULTURE

Author: Ruth Benedict

ISBN: 4061597086

© 2005 講談社