■「鬼婆」新藤兼人

鬼婆 [DVD]

 時は南北朝,戦乱にふみにじられた民衆は飢え,都は荒廃し民は流亡した.芒ケ原に鬼女が住むと噂されたのもその頃である.芒ケ原に二人の女が棲んでいた.中年の女と,その息子の嫁は,芒ケ原に流れてくる落武者を殺し,武具類を奪っては武器商人の牛に売って生活を支えていた.それは戦争に男手をとられた彼女たちの唯一の生活手段であった.或る夜,若い男八が戦場から帰り,中年の女の息子が死んだと告げた.この話は二人の女にとって打撃であった….

 記物語『太平記』は,皇室が南北2つに分裂した南北朝時代を舞台に,後醍醐天皇の即位から,鎌倉幕府の滅亡,建武の新政とその崩壊後の南北朝分裂,観応の擾乱,2代将軍足利義詮の死去を描いた.下克上の苛烈さ,太平の世の到来を心待ちにする人心の動揺と嘆き.これらが華麗な和漢混交文に凝縮される.その時代,武家政治と天皇親政の争乱から離れた真夏の野原「芒ヶ原」で,息を殺し生を繋いでいたのは落武者を襲い身ぐるみを剥ぐ女二人.

穴  暗い  古代から近代へ  闇を繋いで  通じる

 荒れ果てた農地は生産機能を失い,背丈の高いススキが土地に生い茂る.芒ヶ原に口を開ける“穴”に死体を投げ入れ,証拠の隠滅を図るという生業.姑と嫁の生命力と同時に,醜悪な煩悩の象徴が穴の暗闇である.新藤兼人の映画48本のうち,乙羽信子は39本に出演している.後に公私にわたるパートナーとなる両者だが,製作した映画のうち強く印象に残る作品として本作を挙げている.若い男に重要な労働力(嫁)を奪われる恐怖.だがそれよりも,若い男女が隣で肉欲の歓を尽くすことに比べ,生活に疲れ老いが忍び寄る「女性」性の危機のほうが恐ろしく,妬ましく,たまらなく羨ましい.

 ドス黒い感情を,鬼婆/乙羽信子が噴出させている.打楽器を多用した林光の音楽は,急き立てられ乱れる人間の心根を容赦なく暴く響き.また夜の闇に妖しくさざめくススキは,幻想的でジャパネスクな怪異のインパクト.新藤は,本作で乱世の人間の心に巣食う鬼心は,荒廃しきった局面で肥大化することを語る.だが賤しく邪な心は,政情に翻弄され変容する単純構造にはない.

 転落しながら「わしは人間じゃ!」と絶叫する姑の顔は,鬼面以上に凄惨に爛れ醜く腫上がっていた.一方の嫁は,窮状を訴える義理の母を厳しく打ち据え,「天罰じゃ!」と嘲り笑う.老若の女性を無慈悲,嫉妬,嘲弄の念を得させ対比する上で,般若の心が人間の奥深く根付いていることを指摘している.狭い空間を立体模型的に視覚化させる意味で,ディオラマの様相をもち,凄まじい形相の鬼女二人の気迫が忘れがたい作品.

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原題: 鬼婆

監督: 新藤兼人

100分/日本/1964年

© 1964 近代映画協会=東京映画