▼『パリの夜』レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ

パリの夜―革命下の民衆 (岩波文庫)

 不気味な緊張のただよう革命前夜のパリ,やがてバスチーユ襲撃に革命の火の手が燃え上がる.「私の描くのは民衆の姿だ」.熱狂と恐怖の渦巻くなか,レチフ(1734‐1806)は倦むことなく夜のパリを排徊し,おのが眼にうつる民衆の生態を筆にうつす.サドと並んで華々しい復権をとげたフランス18世紀末の異色作家の代表作――.

 革命前夜のパリの夜.人々の神経を過度に昂ぶらせ,不安をその絶頂にまで高め,不安から逃れるための行動を,レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ(Restif de la Bretonne)は「観察者」として記録した.1789年7月14日,昼過ぎに家を出たブルトンヌは,群衆の大行進に遭遇している.高く掲げられた槍の先には,バスチーユ牢獄長官の首が刺さっていた.「自由と平等」という光り輝く理想を掲げ,近代市民社会の出発点となったフランス革命は,啓蒙思想が躍動しての「歴史における劇薬」.革命の創造的,積極的契機は,民衆の不満と欲求が膨張した「磁場」ともなっていた.

今日のすべての文学者のなかで,おそらく私は民衆にまじって民衆を知るただ一人の人間だろう.わたしは民衆を描きたい.よき秩序の見張り役でありたいと思う

 フランス革命は,ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)のクーデターによって総裁政府が倒される1799年に終結したとされるが,革命以前の封建的王制下アンシャン‐レジームの変革期における民衆の様相は,第一部「パリの夜」で描かれる.続いて第二部「夜の週日」,第三部「パリの二十日夜」では,暴徒化した民衆がジャコバン派指導者や王妃を,嬉々として処刑する異様さを語る.ブルトンヌが目撃したような破壊や殺戮は,過剰に臨場感を演出しているとして,ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)はブルトンヌの虚実を批判している.

 階段の踊り場にやってきたところで,せいぜい三十人ほどの一群れが囚人を連行する国民軍兵士に襲いかかり,捕虜を引き離す.彼らは捕虜をつかまえ,引きずりまわし,殴りつける.十五歳のちんぴらが街灯の鉄棒に馬乗りになって,待ちかまえていた.綱を張るのが見えた.…中略…諸君,おお,同国人よ!

 その効用によっても正当化されないあの蛮行の数々を嫌悪をもって直視するがよい.あのような行為を許しうるのは必要のみだろう.だが,果たしてそれは必要だったのか.私には判断しかねることだ

 民衆を描くことが低俗とされた18世紀のフランスにおいて,ブルトンヌの経歴は社会階層移動の点で目を引く.生れて最初の17年は農民生活,31歳まで印刷工,32歳から35年間は文筆活動に専念した生涯.恐怖心と歓喜の情が綯い交ぜになって革命の熱狂を見守ったブルトンヌは,その目撃した事柄に想像力を加味して,千夜一夜的な説話めいた本書を書いた.岩波文庫版は,第一部を30分の1,第二部の2分の1(歴史部分),第三部の5分の4(歴史部分)の訳出となっている.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: LES NUITS DE PARIS

Author: Restif de la Bretonne

ISBN: 4003258010

© 1988 岩波書店