看護婦のジェニー・フィールズは赤ん坊を連れて実家にもどって来た.両親は,娘の話を聞いて驚いた.ジェニーはかねて子供がほしいと思っていたが,男に縛られたくはなかった.病院へ瀕死のガープ三等曹長<テクニカル・サージャント>が運び込まれた.患者のペニスが勃起しつづけているのをみたジェニーは,彼の上にまたがって受精.生まれたのが,この子だというのだ.名前は父親がテクニカル・サージャントだったことから頭文字をとってT・S・ガープと名付けられ…. |
スタンダップコメディアン出身ながら,1990年代には円熟味が求められる役柄をこなしていったロビン・ウィリアムズ(Robin Williams)は,破天荒なギャグをとばして大笑いした次の瞬間,ふっと陰のある表情を見せる人だった.その刹那を思い起こさせる作品の1つである.ビートルズの《When I'm Sixty-Four》にのせて空に漂う赤ん坊の冒頭シーン,その歌詞は恋人に向かって「64歳になっても僕を必要としてくれるかい?」と問いかける.陽気でハイテンションなキャラクターに疲れが見え始め,それを払拭するように,2000年代に入ったあたりからウィリアムズはシリアスな役を求めた.私生活では心臓手術,重度のうつ状態と薬物依存,パーキンソン病の兆候も呈していたとされ,死を迎えるまでの苦悩は並々ならぬものがあったのだろう.
母親の肉欲"拒絶"から生を享けたガープは,成長して作家となった.しかし,作家として先に有名になるのは,性に潔癖な観点から自伝『性の容疑者』を書いた母ジェニーの方だった.ジェニーは,男に頼らない生き方によりウーマンリブの教祖的存在に祀り上げられ,財を投じて弱い立場の女性用シェルターを作る.そこに集った女性たちの中で,男達から口封じのために舌を切られたレイプ被害者エレン・ジェームスを支援するフェミニストらの異常性を,ガープは苦々しく思った.ジェームスが性被害に遭って舌を切り取られたのと対照的に,ガープの妻ヘレンは浮気相手との情事中に「事故」で大惨事を引き起こす.物語の中で詳しく触れられていないが,「エレン・ジェームス党」と距離を置き,彼女らの活動を暗に批判する小説をガープは出版する.
さらに,ニューハンプシャー州知事選の女性候補応援演説の最中に暗殺された母ジェニーの追悼集会に,女装しての参加が発覚したことなどから,ガープはウーマンリブの敵対的存在とみなされてしまうのである.ガープの唐突で悲劇的な死の舞台は,彼が愛してやまないレスリング場,そして彼が願い続けた大空(航空医療サービスのヘリコプターで搬送)という場に移り,「空を飛んでる」とつぶやき臨終を迎える.レスリングコーチの娘を娶り,出世作の小説がフェミニストの殺意を呼んだことになる.性,レスリング,著述に身を委ねる生涯を送ったガープの人生を,深い部分で貫いていたジェンダーとそのバイアスが,最大のテーマである.ガープは専業主夫となり育児と著述業にいそしむ一方,ヘレンは大学院の文学科で教授となり,男女のジェンダー的役割が逆転しているところに,口腔にまつわるガープ家の悲劇が,エレン・ジェームス事件に対置されている.
ジェニーが作った女性用シェルターで出会う,元アメフト選手で性転換手術を受けたロバータの存在感が,実に大きい.常にガープの味方であり続けた包容力,ジェニー暗殺を至近距離で目撃,葬儀の帰り道では自責に駆られ大号泣する様子は迫真のもの.ジョン・リスゴー(John Lithgow)の演じた屈指のキャラとみるべきである.このロバータが登場することで,性の観念と社会運動に支配される人々の人生に,批判的な疑問が投げかけられている.波乱に満ちた人生のガープの遺言ともいえる言葉は,「僕のことを忘れないで,すべてを」.19世紀的な「物語の復権」を目指したジョン・アーヴィング(John Winslow Irving)の伝記風小説を原作としたことも影響しているが,63歳で没したウィリアムズと,本作のT・S・ガープの人生が否応なくオーバーラップして符号的な意味をもたせてしまった点に,独特のアイロニーが生まれている.
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原題: THE WORLD ACCORDING TO GARP
監督: ジョージ・ロイ・ヒル
137分/アメリカ/1982年
© 1982 Pan Arts,Warner Bros.