■「ガープの世界」ジョージ・ロイ・ヒル

ガープの世界 [DVD]

 看護婦のジェニー・フィールズは赤ん坊を連れて実家にもどって来た.両親は,娘の話を聞いて驚いた.ジェニーはかねて子供がほしいと思っていたが,男に縛られたくはなかった.病院へ瀕死のガープ三等曹長<テクニカル・サージャント>が運び込まれた.患者のペニスが勃起しつづけているのをみたジェニーは,彼の上にまたがって受精.生まれたのが,この子だというのだ.名前は父親がテクニカル・サージャントだったことから頭文字をとってT・S・ガープと名付けられ….

 タンダップコメディアン出身ながら,1990年代には円熟味が求められる役柄をこなしていったロビン・ウィリアムズ(Robin Williams)は,破天荒なギャグをとばして大笑いした次の瞬間,ふっと陰のある表情を見せる人だった.その刹那を思い起こさせる作品の1つが,本作である.ビートルズの《When I'm Sixty-Four》にのせて空に漂う赤ん坊の冒頭シーン,その歌詞は恋人に向かって「64歳になっても僕を必要としてくれるかい?」と問いかけるものであった.陽気でハイテンションなキャラクターに疲れが見え始め,それを払拭するように,2000年代に入ったあたりからウィリアムズはシリアスな役を求めていた.私生活では心臓手術,重度のうつ状態と薬物依存,パーキンソン病の兆候も呈していたとされ,死を迎えるまでの苦悩は並々ならぬものがあったのだろう.

 母親の肉欲"拒絶"から生を享けたガープは,成長して作家となった.しかし,作家として先に有名になるのは,性に潔癖な観点から自伝『性の容疑者』を書いた母ジェニーの方だった.ジェニーは,男に頼らない生き方によりウーマンリブの教祖的存在に祀り上げられ,財を投じて弱い立場の女性用シェルターを作る.そこに集った女性たちの中で,男達から口封じのために舌を切られたレイプ被害者エレン・ジェームスを支援するフェミニストらの異常性を,ガープは苦々しく思った.ジェームスが性被害に遭って舌を切り取られたのと対照的に,ガープの妻ヘレンは浮気相手との情事中に「事故」で大惨事を引き起こす.物語の中で詳しく触れられていないが,「エレン・ジェームス党」と距離を置き,彼女らの活動を暗に批判する小説をガープは出版する.

 さらに,ニューハンプシャー州知事選の女性候補応援演説の最中に暗殺された母ジェニーの追悼集会に,女装しての参加が発覚したことなどから,ガープはウーマンリブの敵対的存在とみなされてしまうのである.ガープの唐突で悲劇的な死の舞台は,彼が愛してやまないレスリング場,そして彼が願い続けた大空(航空医療サービスのヘリコプターで搬送)という場に移り,「空を飛んでる」とつぶやき臨終を迎える.レスリングコーチの娘を娶り,出世作の小説がフェミニストの殺意を呼んだことになる.性,レスリング,著述に身を委ねる生涯を送ったガープの人生を,深い部分で貫いていたジェンダーとそのバイアスが,最大のテーマである.ガープは専業主夫となり育児と著述業にいそしむ一方,ヘレンは大学院の文学科で教授となり,男女のジェンダー的役割が逆転しているところに,口腔にまつわるガープ家の悲劇が,エレン・ジェームス事件に対置されている.

 ジェニーが作った女性用シェルターで出会う,元アメフト選手で性転換手術を受けたロバータの存在感が,実に大きい.常にガープの味方であり続けた包容力,ジェニー暗殺を至近距離で目撃,葬儀の帰り道では自責に駆られ大号泣する様子は迫真のもの.ジョン・リスゴー(John Lithgow)の演じた屈指のキャラとみるべきである.このロバータが登場することで,性の観念と社会運動に支配される人々の人生に,批判的な疑問が投げかけられている.波乱に満ちた人生のガープの遺言ともいえる言葉は,「僕のことを忘れないで,すべてを」.19世紀的な「物語の復権」を目指したジョン・アーヴィング(John Winslow Irving)の伝記風小説を原作としたことも影響しているが,63歳で没したウィリアムズと,本作のT・S・ガープの人生が否応なくオーバーラップして符号的な意味をもたせてしまった点に,独特のアイロニーが生まれている.

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原題: THE WORLD ACCORDING TO GARP

監督: ジョージ・ロイ・ヒル

137分/アメリカ/1982年

© 1982 Pan Arts,Warner Bros.