▼『決定の本質』グレアム・T.アリソン

決定の本質―キューバ・ミサイル危機の分析

 理論研究と実証研究が一体となった,キューバ危機分析の決定版.十三日間の米ソ核危機の学際的分析によって,アリソン理論として知られる政治-行政組織における意思決定モデルを確立した,記念碑的政治学書――.

 事同盟,経済協力,中立などにより,国家の安全を図る国家安全保障概念は,ヨーロッパ最初の国際会議の結果成立したウェストファリア条約(1648)によって基礎が確立された.軍事的な脅威は軍事的な手段によって排除する前提は,冷戦下で軍事同盟として当然に機能した.だが,アメリカとソ連国連憲章第51条の集団的自衛権を根拠に,それぞれ軍事同盟を設立.大国の軍拡競争とその緊張関係は不可避となり,国家(群)間の力の均衡によって国際平和と国の安全が保たれるという勢力均衡論的なパワー・ポリティクスは矛盾を呈していた.本書は,1962年10月の"キューバ危機"におけるアメリカ政府の国防政策を独自の概念的モデルで実証分析したケーススタディである.

 政治学を基盤としながら,経済学,組織理論,論理学などの学際的分析により,政治-行政組織における意思決定モデルが提示され検証される.キューバ危機が発生した当時,大統領ジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy)は,ソビエトキューバに核ミサイルを配備したという事実に対し,長期的な戦争のリスクを低下させるには,短期的に戦争リスクを高める必要があると思考した.初版(1977)では,重要な情報の多くは機密事項で非公開とされていたため,著者グレアム・T.アリソン(Graham.T.Allison)は,国家安全保障会議執行委員会(ExComm)を組織した13名――司法長官ロバート・ケネディ,国防長官ロバート・マクナマラ国務長官ディーン・ラスク,CIA長官ジョン・マコーンなど――とホワイトハウスの力関係と大統領の権限が決定の「本質」の重要ファクターと考えていた.

 政府はあらゆる選択肢を考慮し,効用を最大化するため合理的に行動するとの仮定には説得性がある.しかし,本書第7章「結論」では,個人の選択合理性と組織の目的および合理的選択には相違があるため,国家や政府などマクロ単位の組織を合目的的行為者として分析対象とする際は,国家の「擬人化」は戒められるべきことが述べられる.アリソンは合理的行為者,組織過程(組織行動),政府内政治という3種類のモデルで国家安全保障のパワーポリティクス事案としてキューバ危機の実証解明を試みた.だが,アメリカ政府がキューバ近郊の海上封鎖を行い,キューバ軍事侵攻の準備を進めたためソ連書記長ニキータ・フルシチョフNikita Sergeevich Khrushchyov)が核ミサイル撤去を表明して危機回避された事実は,ExCommの「決定」による帰結として「政府による目標の検討・効用の評価・合理的選好」のプロットを説明することができない.

国家を擬人化すると,組織が主たる原動力である場合,例えば組織の行為には多数の人間の調整が必要であり…中略…あたかも一個の人間であるかの如くに国家を考える場合,地位と力が異なるために全く異なったことを認知し選好する個々の政府指導者の間に存在するかなりの相違を無視することになる

 1999年新たな資料(アメリカ政府の議事録テープなど)を入手した後,アリソンは「意思決定」の主因を政府内の力関係とする立場を弱め,初版で提示した「政府内政治モデル」では充分な説明がつかないことを間接的に提示した.本書のタイトルは,ケネディの演説に由来している.「究極の決定の本質は,観察者には――しばしば,実際,決定者自身には――理解できないままである」.

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Title: ESSENCE OF DECISION

Author: Graham.T.Allison

ISBN: 4120007340

© 1977 中央公論社