■「ミッション・トゥ・マーズ」ブライアン・デ・パルマ

ミッション・トゥ・マーズ [DVD]

 西暦2020年,マーズ1号が火星に到着.それは,史上初の有人火星ミッションという,人類史上最も偉大な瞬間だった.4名のクルーは精力的に探査活動を開始.やがて,〈驚くべき発見〉を宇宙ステーションに伝える.5ヶ月後,マーズ1号のミッションに悲劇が起こる.原因不明の事故により,3名のクルーが死亡.唯一の生存者であるルークからの謎めいたメッセージを最後にマーズ1号からの交信は途絶え….

 ライアン・デ・パルマ(Brian De Palma)のキャリアは,毀誉褒貶の嵐の中で形成されてきた.「スカーフェイス」(1983)「アンタッチャブル」(1987)では暴力描写での喝采と非難を同時に浴び,「キャリー」(1976)では原作者スティーヴン・キング(Stephen Edwin King)の称賛を得たが,トム・ウルフ(Tom Wolfe)の文学『虚栄のかがり火』の映画化は大コケ.配給のワーナー・ブラザーズとは,1970年代にウサギの虐殺シーンで対立したこともあった.「ミッション:インポッシブル」(1996)での成功は文句なしだったが,その続編の監督を蹴ってまで,本作に固執したという.

 デ・パルマの作風は,手がけるジャンルの多さも相俟って,一つところに停滞することを避けてきた.アマルティア・セン(Amartya Sen)の言葉を借りれば,「オリジナルであるということは,それだけ論争的」なのだ.デ・パルマの情熱が,本作を世に問うことで,どれだけ江湖に訴えることができたか.残念ながら,称賛よりも批判のほうが大勢を占めたようだ.デジタル合成,CG,VFXを駆使した火星探検.1990年代であれば,耳目を引いたことだろう.戦いの神マルスの名に由来する名の惑星は,地球外生命体の存在を強く示唆するSF小説の舞台ともなり,探検家が夢を馳せる資格を十分に持っている.しかし映画の撮影は,これまで宇宙空間を描いた映画の模倣を強く疑わせる水準に留まっている.

 火星の環境は,NASAの広報映像に忠実であり,ドリーム・クエスト・イメージズとILMVFXスーパーバイザーの職人技も奮闘している.本作の「山場」は,複数ある.それは中間に二箇所,終盤に一箇所になっていて,相互に関連せずブツ切りになっている.このことが全体の低評価のポイントになってしまった.仲間の安否を確認するシリアスなミッションで,軽薄な陽気さを漂わせるクルー,さらなる犠牲を払わなければ,火星の謎に迫れないクライマックス.その痛みを癒す暇もなく,知的生命体とコンタクトを取る挑戦と驚愕.その直前には,生命体の発する「サイン」を主人公は易々と解いてしまう.怒涛の展開を導く方向性は,その都度振れる.地球人の先史文明と,すでにはるか先の文明を築いていた火星人が「血縁関係」にあるという発想は,実際のところ悪くない.

 火星人の風貌と,1976年の米国の火星探査船「バイキング1号」が撮影した火星写真「人面岩」を絡めた謎解きも,面白い取り合わせ.しかし,SF,サスペンス,ドラマ,ミステリーのオードブルが小出しに繰り出されるために,全体的印象がほわっとして終わる.デ・パルマの動かす食指の長さは,特筆すべきもの.現在までのところ,本作での失敗により,ハリウッドは完全に彼のフィルムから手を引いてしまっている.エッセンスは,それぞれを陳列するだけでは作品性に貢献しない.調和をもって結合された全体の中に,評価すべき要素を部分に感じ取らせることができるか否か.それが優美な作品の条件になることを感じさせる映画である.物足りなさを残すけれども,なぜだか嫌いにはなれない作品である.

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原題: MISSION TO MARS

監督: ブライアン・デ・パルマ

114分/アメリカ/2000年

© 2000 Touchstone Pictures