カフェのウェイトレス,ナディアは伝言ダイヤルで恋人を募集中.伝言ダイヤルで知り合った男性と何度か会っているところ.美容師の姉デビーは別れた夫との間に小学生の息子がいるものの,男遊びを謳歌.この週末息子は元夫と過ごし,サッカー観戦や花火大会に行くことになっている.妹のモリーは出産を控えている元教師.そして冷えきった関係の3姉妹の両親…. |
栄えるロンドンにおいて,孤立し,悩める「単位」としての人間の佇まいが描かれている.カフェの接客業で身を立てる一方,伝言ダイヤルで男漁りの日々を送るナディア/ジーナ・マッキー(Gina McKee)は,三姉妹の次女.長女デビー/シャーリー・ヘンダーソン(Shirley Henderson)は,シングルマザーで男性探しに余念がない.出産を控えた三女モリー/モリー・パーカー(Molly Parker)の夫は,優しい男だが夢を捨て切れず,あろうことか妻に相談もなく自主退職を選ぶ.
三姉妹の日常を,特にナディアを軸に描いたマイケル・ウィンターボトム(Michael Winterbottom)は,各自の心理描写を可能な限り抑制してみせた.寒々しいロンドンの雑踏やパブを徘徊する女性の姿を通じて,街路の光と埃を錯覚させるような臨場感が迫ってくる.また,マイケル・ナイマン(Michael Nyman)の《Wonderland》が複数のアレンジで流れ,画面と一体化して侘しさを強く印象付ける.
荒み切るほどの不幸の波に襲われているわけではないが,誰とも解り合えていない個人が集合体を作っている.その凝集性の強さは,どれほどのものといえるだろうか.モリーを母とし,ロンドンで育つことを宿命づけられた女児の名は「アリス」であった.ワンダーランドは,不思議の国であると同時に「素晴らしき世界」.カメラが粗い粒子でとらえ続けた,ロンドンの光.それを浴びる住人は,無意識にコミュニティという大きなサークルの加入者となっている.
ネオンの瞬くビル,灯りの点った家々.その一つひとつに,人が寄り添うように集っている."WONDERLAND"というタイトルが浮かび上がると,同時代のロンドンに生きる人々とは,時間と空間を共有した存在なのだと感得できる巧みさ.それに対する親密さをどこまで感じられるかは,孤独感を理解する鑑賞者の共感性に託されている.ウィンターボトムの真髄を大いに感じさせる珠玉の作品である.
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原題: WONDERLAND
監督: マイケル・ウィンターボトム
109分/イギリス/1999年