■「モンスター」パティ・ジェンキンス

モンスター [Blu-ray]

 1986年,フロリダ.ヒッチハイクをしながら男に身体を売る生活に疲れ果てたアイリーン・ウォーノス.あり金の5ドルを使い果たして死のうと決め,飛び込んだバーで,彼女は一人の女性セルビーと運命的な出会いを果たす.彼女もまたアイリーンと同様に社会からの疎外感を抱いて生きていた.初めて自分を偏見なく受け入れてくれる人物と出会ったと感じたアイリーンは,「ふたりで暮らそう」と提案する.そのためにお金が必要になったアイリーンは,再び客をとるために道路脇に立つのだが….

 ワイト・トラッシュ(屑のような白人)という,辛辣な社会階層の中でも,最底辺の出自,連続殺人という最悪の犯罪に手を染めた死刑囚アイリーン・ウォーノス(Aileen Wuornos)の半生.ウォーノスは,1989年から1990年にかけて7人の男性を殺害し,そのうち6件について「死刑判決」を受け,12年間の服役後に刑が執行された.アメリカで死刑になった10番目の女性である.主演のシャーリーズ・セロン(Charlize Theron)は,「世界で最も美しい50人」に選ばれるほどの美貌を,本作では見事に消し去ることに成功したことでも注目を集めた.美人が不美人になるための不断の努力.ウォーノスの下劣さとだらしなさ,さらには純真なレズビアンの心の動揺を,セロンは醜い姿に余すところなく籠めて力演している.

 ウォーノスの背後には,生まれたときから暗雲が立ち込めていた.父親は精神病を患い,1969年に少女を強姦した罪で服役中に自殺.この時,強姦された少女はウォーノスと同年齢(13歳)であった.母親はウォーノスが4歳の時に出ていき,彼女とそのきょうだいは祖父母に育てられている.祖父はウォーノスに身体的,性的虐待を加え,祖母はアルコール依存症であった.14歳で妊娠したウォーノスは家族から縁を切られ,出産した子どもは,すぐ養子に出された.そこから売春と窃盗で生活をするようになる.1986年にティリア・ムーア(Tyria Moore)という24歳のレズビアンの女性と出会い,同性愛関係になった.自殺を目前にした人間を引き止めるには,この世界で生きていく「張り合い」を認めさせなければならない.それは,何も美しいものである必要はない.それが明日の活力になるのなら,「怒り」や「復讐心」であっても構わない.しかしウォーノスは,セルビーとの愛情にそれを見出した.

 男を憎み,女を嫌ったウォーノスだが,セルビーにだけは心を許すことができればそれが「救済」になる.おびただしい不幸の量を,中和するための役割.それをウォーノスはセルビーに託すことに懸けたのだ.

 ウォーノスは,親交のあった女性と7,000通に及ぶ手紙を交わしている.2002年に薬物注射による死刑が執行されたが,本作の製作のため,パティ・ジェンキンス(Patty Jenkins)がウォーノスの関係者と接触し始めた直後の執行であった.ジェンキンスもセロンも,実在のウォーノスと面会することはかなわなかったが,死刑の前日,ウォーノスは獄中からの膨大な手紙を二人に公開することを認めた.ウォーノスは生前の最後の数時間を,学生時代からの旧友の女性と過ごしたという.その後,膨大なリサーチを行ったジェンキンスは,女性には珍しいシリアルキラーであるウォーノスを「モンスター」と表現した当時のメディアとは違うスポットを,この連続殺人犯に当てている.性的快楽をともなう殺人を重ねたのではなく,大人から虐げられ続け,社会から排斥される道を辿るほかなかった存在の軌跡の証明としての殺人.そこに人間的で悲痛な表情を描写しようとする努力が感じられる.

 ウォーノスと同性愛関係になるムーアは,映画の協力を拒んだ.したがって,作中では「セルビー」という名前に変更されている.実際のムーアは,ウォーノスの殺人を助長し,逮捕された彼女を保身のため裏切って法廷で証言した.それでも,この映画化権によりムーアには相応の報酬が約束されていたというから,複雑な現実と事情を示しているといえる.セルビーを演じたクリスティーナ・リッチ(Christina Ricci)の演技は,セロンの作り込まれた役に隠れがちだが,ウォーノスの希望であり支えとなった同性愛者の眼差しはリアルに光り,したたかに彼女を翻弄した不気味さも説得的だ.

 セロンの役に懸ける執念は,それまでの彼女のキャリアでも随一となっている.下卑な挙動と言葉遣い,13キロの体重増加で弛緩した胴周りを作り上げ,眉を剃り落としたメイクと義歯で崩れた輪郭を演出し,相貌をまるで別人に仕上げた.いわゆるこれまでの役柄とは異質の役であり,セロンの生涯にわたる代表作といえる貫禄充分.ウォーノスが逮捕される場面は,実際に彼女が逮捕されたバー,「ラスト・リゾート」で撮影された.

人は娼婦を見下す.自堕落な生き方だと思うからだ.でも,この仕事をするには強い精神が要る.“何があっても切り抜ける” 私はそうやって生きてきた

 ウォーノスに夢がなかったわけではない.非現実的であったとはいえ,「売春から足を洗い,恵まれた生活をしたい」という目標は抱いていた.それが打ち砕かれるのにそう時間は必要なく,「自分がダイヤの原石」でもなく,「いつかはスターになるという夢がかなう」わけでもないことを思い知らされる.彼女にとって「モンスター」とは,子どもの頃に見上げた巨大な観覧車だった.慎みと慈しみを与えてくれる人間の姿を知ることなく,怒りと劣等感を植え付けられる行為でしか関わってこなかった大人たちへの復讐が,唯一求めたムーア(セルビー)との愛情をつなぐ連続殺人の体をなしていた.ウォーノスには「反社会性人格障害」と診断が下され,クズと信じ続けた男たちの中に善良な人物がいたことに恐れと戸惑いを覚えながら,彼をも手にかける.この時のウォーノスの絶叫はいつまでも忘れがたく,耳にこびりついて離れない.

 セロンは,南アフリカ共和国に生まれ,モデルとして16歳から活躍をして女優に転身した.華やかに見えるが,経済的に恵まれない環境で育ち,自分と母親に危害を加えようとした父親を,母親が銃で撃ち殺すという凄惨なトラウマを持つ.映画はウォーノスに死刑判決が下る場面で終幕となる.判決にウォーノスは「レイプされた女をこの社会は死刑にするのか!」と激昂し,「信仰は山をも動かす」という聖書の一節に「勝手にほざけよ」と毒づいた.メディアで彼女の異常性をこぞって取り上げることは必然.同時に,幼少期からの絶え間ない精神的苦痛により形成された人格のなれの果てである理解もまた,要するのだと受け止めたい.

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原題: MONSTER

監督: パティ・ジェンキンス

109分/アメリカ=ドイツ/2003年

© 2003 Media 8 Entertainment,Newmarket Films,DEJ Productions,K/W Productions