■「トゥルーマン・ショー」ピーター・ウィアー

トゥルーマン・ショー [Blu-ray]

 トゥルーマンは平凡な生活を送る男.ある偶然から彼は自分の“普通”の暮らしに違和感を覚え始めるが,まさか自分の人生そのものがリアリティー番組として世界中に放送されていることに気づくはずもなく….

 ートピアで享受できる生活の安寧と引き換えに,抑圧と限定に支配された人生を歩まされる.誰にでもヒーロー願望はあるものだが,他方では隠遁者願望とでもいうべきものがあって,これらの欲求の強弱が人間の社会生活の「関与の度合い」をある程度規定しているのだろう.本作の脚本は,「ガタカ」(1997),「シモーヌ」(2002)を手がけたアンドリュー・ニコル(Andrew Niccol).遺伝子の“適正”“不適正”が社会的存在意義の決定力をもつ世界,CG映像で想像された女優に心酔する市民.二作で描かれてきたのは,虚像に踊らされる人間とその生涯を規定する意思決定である.本作にも,ユートピアを装いながら実はディストピア世界そのものという流れは,明確に受け継がれている.

 30年間続くTV番組「トゥルーマン・ショー」のスタッフルームは,万里の長城に匹敵する巨大スタジオセットの二百階層「月」にある.合衆国に加わっているという設定の離れ島「シーヘブン」は,トゥルーマンの生地にして終の棲家になる.それは確定的な予定だった.一人の人間が産声をあげてから,死去するまで放映される予定の壮大な長寿番組.トゥルーマンの一挙手一投足は,街中に仕掛けられた約5,000台のテレビカメラが毎秒ごとに記録し,リアルタイムで全世界に放映されている.周到に配置されたエキストラの人工的振る舞い,“ビッグブラザー”的番組プロデューサー,クリストフの統御により,トゥルーマンは全世界の慰み者になっている.

 事実に気づくまで,完璧なリスク・マネジメントが布かれた彼の人生は,まずまず幸福なものだった.外界を知らないが真実も知らない限り,生涯に疑いを持つことはない.トゥルーマンの認識する「世界」が綻びを見せ始めたとき,真実を手繰り寄せるトゥルーマンにクリストフは手を焼く.が,視聴者は新たな迫真ドラマの付与に歓迎するようになる.人生のすべてを他人に掌握されることの代償は,何にも等価性をもたない.至極一般的,常識的な価値観をトゥルーマンがもつことが悲劇.学生時代に接したエキストラの女性を想い続け,ファッション誌の顔写真をモンタージュして彼女の姿を再現し,再会を切望するトゥルーマンの純朴さは,クリストフでさえ演出できない真実の感情だった.実在するはずの世界から,リアリティを抜き取ればトゥルーマンの人生に近くなる.自分を支配する世界の「実態」を知り,トゥルーマンはシーヘブンの外郭を打ち破ることを欲する.

君をずっと見てきた.君が生まれた時,最初のヨチヨチ歩き,学校に上がった日,最初の歯が抜けた時

 島の辺境に辿り着いた彼に,啓示のごとく木魂するクリストフの天の声.シーヘブンに帰郷することを促すクリストフは,絶対的パターナリズムを行使する厳父.それに抗い,オートノミー(自律)に目覚め,エンパワメントされたトゥルーマンは,自己の人生を自分の手で計らうことを決定する.その瞬間,彼のその後の人生は番組の埒外に置かれることになり,視聴者が歓喜と感動のうちにトゥルーマンの決断を讃えるのである.そこには,移民層で大部分が構成された連邦共和国の根底に,フロンティア精神が連綿と刻印されているためかもしれない.しかし,「トゥルーマン・ショー」の放映終了直後,視聴者はどういった行動を取ったか.この部分は失笑を買うほどリアリスティックだった.彼らは,次に観るべき面白そうな番組をTV欄で探し始めたのである.

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原題: THE TRUMAN SHOW

監督: ピーター・ウィアー

103分/アメリカ/1998年

© 1998 Paramount Pictures