■「トランスアメリカ」ダンカン・タッカー

トランスアメリカ [DVD]

 かねてから男性であることに違和感を持つ"トランスセクシュアル"のブリーは,LAで女性として慎ましく暮らしていた.そして念願だった"本当の女性"になるための手術を控えた彼女に,ある少年がNYで警察に捕まったという連絡が入る.それは,ブリーがかつて"スタンリー"という男性だった17年前に生まれたという実の息子トビーだった….

 体の性別とは逆の性別をもつ魂.その齟齬からくる苦悩と葛藤は,余人をもっては代え難い…ということだけ,第三者には想像が赦されるだろうか.トランスセクシャルアメリカ旅行がクロスされているのは容易に判るが,旅はニューヨーク州カリクーン,アーカンソー州テキサス州ダラス,ニューメキシコ州アリゾナ州,ロサンゼルスへと至る.性転換手術を1週間後に控えたブリーは,男性からの脱皮を何より望んでいる.

 数十年の「性歴」に引導を渡そうとする刹那,やはり男性である現実を突きつける実子トビーの存在.動揺し劣等感に改めて対峙しながら,ブリーは,父性とも母性ともつかぬ感慨の渦に巻き込まれる.行為障害を強く疑わせるトビーに,真実を告げることは危ぶまれる.親切な他人を装い,親子はトランスアメリカ,すなわち南部を中心に行脚する.虐待と孤独ゆえ性的倒錯行動を起こす息子と,良識をもち自己の肉体を嫌悪する父の痛みが,互いを刺激し傷つけ合う.

 ともに,自制が働かない状況に屈服させられそうになっている.だが,滑稽であろうと足掻くほかはない.アイデンティティの形成途上にあるトビーに,ブリーが教えられることは,親のよき性役割ではない.彼は完全に失格とさえいえるが,自我を同一に保ち,トランスさせない決意.それだけは示しうる.トランスセクシャルが露見して息子になじられたブリーは,毅然として言い放つ.「体は中途半端でも,魂は何も曇っていない」.

 男であった時代を,故郷の家族に再会することで総括し,その上で手術に臨む.親切な年上の女性だと思っていたら,実は男で父親だった.そんな衝撃をトビーが受け止め,鎮めるまでの時間経過をすっぱり割愛し,晴れて男を捨てた元父に再会する息子をラスト近くのショットでとらえる.煩悶は両者の間に兆さない.放蕩息子の帰還は,必要な場所を手探りで求めていることを暗示しているのだ.

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原題: TRANSAMERICA

監督: ダンカン・タッカー

103分/アメリカ/2005年

© 2005 Belladonna Productions