ある朝少年パスカルは一個の赤い風船が街灯に引っかかっているのを見つける.パスカルは街灯によじ登って風船を手に取り,そのまま学校へと向かう.風船と一緒に登校し,時間を過ごすうちにいつしか風船はパスカルの友達になり…(「赤い風船」)南仏カマルグの荒地に野生の馬が群生していた.ある日群れのリーダーの白い馬が牧童たちに捕えられるが,すぐに柵を破って逃げ出す.少年フォルコは白い馬を牧童から守ろうと忍び寄り手綱を掴むが…(「白い馬」). |
この2つの作品は,2007年カンヌ国際映画祭で,史上初となる同一作品2度目の公式上映を果たした.初回上映の50年前と同じように,やはり人を感嘆させた映画であったと仄聞する.IDHEC(高等映画学院)の聴講生を経て,写真家として活動したアルベール・ラモリス(Albert Lamorisse)は,チュニジアのジェルバ島を舞台とした映画を2本撮ったが,商業的価値は疑問視された.
ラモリスは,詩人ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)の評価を得た後,1953年「白い馬」,1956年「赤い風船」で第6回・第9回カンヌ国際映画祭パルム・ドール(短編)をそれぞれ受賞している.戦争の傷跡もまだ残るパリ20区メニルモンタンにおける,少年パスカルと赤い風船の友情譚.ヴィル通り72番地,ノートルダム・ドゥ・ラ・クロワ教会,ベルヴィル公園を流れ歩いて風船はパスカルと喜怒哀楽をともにし,鑑賞者も追体験するように感情移入を誘われる.
街中の色とりどりの風船が「召集」され,パスカルを遥か空の彼方へ連れ出していくクライマックスは,忘れがたい.CG技術が未発達であった時代,意思あるかのような風船の躍動をどう撮影したのかは,今も謎とされている.牧童の追跡から逃れる野生の白馬と少年フォルコの物語も,白黒でありながら色彩感覚を鮮やかに刺激してくる.眩しいばかりの馬体の純白,少年の金髪,彼らを照らす陽光の描写には,見えないはずの「カラー」を感じる.擬人化された「物体」「動物」は,それぞれ少年を連れて別世界へと逃亡する.
暴力や欺瞞が支配する世界に対する拒絶の行動には,純真な心をもつ者だけが同伴を許されている.俯角や仰角の撮影で,彼らの姿が小さくなる――この見知った世界と訣別する――までを,ラストショットは見守る.その行先は誰にも解らない.ただ,もう2度と帰ってくることはない楽園へ旅立ったことが確かな余韻として残されるのみである.豊饒な幻想性の中に,喪失感をも伴う厳しさが漂う象徴性がきわめて高い.時代によっても風化しない普遍的な美しさで,傑作たりえていると理解できよう.
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原題: LE BALLON ROUGE/CRIN BLANC: LE CHEVAL SAUVAGE
監督: アルベール・ラモリス
35分/45分/フランス/1952年/1956年
© 1952 1956 Films Montsouris