■「祭りの準備」黒木和雄

祭りの準備《HDニューマスター版》Blu-ray

 昭和30年代はじめの高知県.町の信用金庫に勤める楯男はシナリオ作家になることを夢見て,いつかはこのわずらわしいだけの町を出たいと思っていた.楯男は愛人を作って出て行った父親不在の実家で母親と祖父と3人で暮らしている.そんな楯男にとってひそかに想いを寄せる存在が幼なじみの涼子だった.しかし,涼子には恋人がいて,どうすることもできない楯男は,隣家の精神異常の娘と寝てしまう….

 りとは,記念・祝賀・商売・宣伝などの催物全般を指す場合と,特定の日を選んで,身を清め,供物をささげて祈願・感謝・慰霊などを行う儀式を指す場合があるという.京都で生まれ,1945年に高知県中村市疎開した原作者中島丈博は,土佐の土着的な風俗に雁字搦めとなっている日常風景を体感したはずだ.

 体感は,ある種の痛感を呼び起こす.情緒に訴え大衆を興奮させるアジテーションの技巧が見受けられるが,日活ロマンポルノ時代にフリーの脚本家として活躍した中島の愛憎劇の骨格が本作にはある.弟子を取らないことで有名だった橋本忍の直接指導を受けた数少ないライターであり,猥雑な欲望を持て余す市民に揉まれる焦燥は,強い自伝的要素が窺える.

 風に揺られ,しかし枯れ枝に纏わりつく赤布が暗示するように,実母は息子を恋人のように扱い,兄弟間で兄嫁を共有する中島家の異常性,売春業をさせられた挙句ヒロポン中毒となって帰ってきた中島家の娘,左翼思想にカブれる心の恋人・涼子は独善的.全うと思える人間は誰一人としていない.シナリオライターとして身を立てたい希望はあるものの,デビューの決め手に欠く楯男は,閉塞の中で燻るほかはない.

 20代に入ったばかりの青年だが,「すでに20代」との思いもある.未来の見通しもつかぬ苦杯の期間といえるだろうか.弾みで人を殺してしまい逃亡中の利広は,狂乱の万歳三唱で楯男を土佐から送り出す.新天地での波乱は予測もつかないが,この地で腐らず,出奔すること自体に意味があるはずだ――こうして「祭り」の序曲は奏でられた.吉凶さえ占えない未知の可能性に踏み出す主人公が初々しい.

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原題: 祭りの準備

監督: 黒木和雄

117分/日本/1975年

© 1975 綜映社=映画同人社=ATG