▼『攻撃』コンラート・ローレンツ

攻撃―悪の自然誌

 本書は,比較行動学の立場から脊椎動物における《攻撃本能》といわれるものに新しい角度から光を当て,世界中に大きな反響をまき起こした.さんご礁を中心とした美しい世界で展開される色とりどりの魚たちの激しい種内闘争のスケッチから筆を起こし,さまざまの典型的な攻撃的行動を観察し,同一種族間に行なわれる攻撃は,それ自体としては決して《悪》ではなく,種を維持する働きをもっていることを示す――.

 理学と行動学の手法に依拠しないアプローチで,動物行動学の蒙を啓いたコンラート・ローレンツ(Konrad Z. Lorenz)は,ハイイロガンの観察研究に代表される分野を開拓した.彼の著述の動物らが,いかにも人間くさく描写されるのは,人間性と獣性のインタラクティブな境界をともに示唆しているためである.チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)「生存競争」の観点からは,環境にもっとも適合した種が生き残り,そうでない種は淘汰される.

個人的友情をむすぶ能力があって,しかも攻撃性をもたないという動物は,まだひとつもしられていない

 ローレンツは「種内闘争」こそが動物の典型的攻撃の例と考えた.珊瑚礁に生息する多様な魚たちは,過密状態になれば同胞(同種の魚)を攻撃し「間引き」するが,他種の魚を攻撃しない.同じ種族の間で,棲み分けはきわめて困難であることを,豊富な事例で示していく.人間の場合には,同胞を攻撃する例は無数に観測される.異なる肌や髪の色,信仰と思想,国境の内外――連帯と愛着をもちうる人間にも,攻撃の衝動が内在している.結局のところ攻撃と闘争のあらゆる現象を駆逐することはできない,と悲観的な結論に陥りがちな論考である.

種内攻撃には種を維持する機能があり,その機能は必要不可欠だが,そのような機能は群れの間の闘争によっては実現され得ない

 ところが,終章「希望の糸」では,政治的スタンスに支配されない運動競技,科学と芸術による真理,そして柔和なユーモア――これらは,人間特有の理性に裏付けられた文明の産物といってよいであろう――を提示し,無秩序な攻撃と蹂躙に対する抑止力をそこに求めている.きわめて主観的な考察であり,希望的観測ともいえるが,脳の中で前頭葉が最も「人間らしい」機能を司り,愛情を保つ中での同種間における攻撃性という矛盾をはらむ.本書は,そんな人間の不可分性を指摘し,それゆえ注意深く人類の行動を観測していく意義を警鐘として述べているのだ.

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Title: DAS SOGENANNTE BÖSE

Author: Konrad Z. Lorenz

ISBN: 4622015994

© 1985 みすず書房