■「らしゃめん」牧口雄二

らしゃめん [DVD]

 “らしゃめん”とは,明治の文明開化の折,外国人の現地妻として提供された日本人女性のこと.没落士族の娘・神保雪も,そんな“らしゃめん”のひとり.世が世であれば武士の娘として何不自由のない生活を送れたはずのお雪だったが,明治維新という歴史の激動の中,金貸しの谷村伝兵ヱの借金のカタにアメリカ公使・ロングに売られたのだった….

 宋時代の代表的詩人蘇軾の「薄命佳人詩」は,その意味するところが楊貴妃,貂嬋,王昭君,西施,小野小町らを列挙して悼まれ,讃えられてきた.美が破壊されることに人は心を痛めるなら,目にするのが逆境にある「美しい人」または「醜貌の人」という限定条件で,受ける心証が変化するのは当然.

 外見至上主義を咎めるのは道徳と良心の問題であって,薄命の人の美しさこそが,より強くわれわれの精神に波紋を投げかける真実を曲げることはできない.深紅のワインが注がれたギヤマンの脆ささえ,優美の演出には欠かせない.ハプスブルク家の系譜を継ぐという鰐淵晴子が演じるのは,日本在住の西洋人の公娼“らしゃめん”.幕末から明治という歴史の転換期において,横浜開港以後のらしゃめんが苦界に沈められた官能と悲哀.

 すべては,容姿端麗な鰐淵の起用による賜物としかいいようがない.絶大なる妖艶さが,それ以外の雑音――夫(当時)のタッド若松が撮影監督を務めたせいで,牧口雄二の方針が鈍った可能性,鰐淵の歌う《らしゃめん》の演歌臭さ――を跡形もなく吹き飛ばす.ビジュアル・マーチャンダイジングの意義だけで完成度を認めさせるタイプの映画であり,その一点突破力が何を措いても異色なのである.

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原題: らしゃめん

監督: 牧口雄二

74分/日本/1977年

© 1977 東映