▼『百頭女』マックス・エルンスト

百頭女 (河出文庫)

 『百頭女』は文学による絵画であり,絵画による文学である.そればかりでなく,文学と絵画とをなにか混沌とした世界(それをしも「惑乱,私の妹,百頭女」と呼んでみたい気分もある)のなかで切り貼りし無数のデジャ-ヴュの幽霊とともに蘇生させてみた試みでもある――.

 1次世界大戦後,ヨハンネス・バールゲルト(Johannes Baargeld)とともにケルンで前衛芸術ダダ運動を起こしたマックス・エルンスト(Max Ernst)は,写真や書物の挿絵を貼り合わせてアヴァンギャルドなビジョンを現出する<コラージュ>を開始した.嫌悪と自発性を原理として,芸術の“白紙状態”への還元を求め,あらゆる物体や行為も芸術作品たりうることを示すダダ運動と,シュールレアリスムをエルンストは結びつける.

 “20世紀最大の奇書”と呼ばれる本書は,コラージュの複製147点,文学的なコンテクストを解することが困難な幻想と錯乱を呈した画集である.シュルレアリストたちは,このようなコンテクストの異和を生じさせる手法を「デペイズマン」と呼んできた.エルンストは1906年の学生時代,愛鳥のインコが死んだ翌朝,母親が妹を出産したことに愕然とし,妹は愛鳥の生まれ変わりと信じた.本書で繰り返される言葉「ジェルミナル,私の妹,百頭女」.

 長い黒髪の美女は,意味から逸脱した物語の中でミューズ的役割を果たしている.また,エルンストの著作に頻繁に登場する鳥類の王ロプロプは,妹に転生したと信じた愛鳥から造詣されたに違いない.エルンストのコラージュに筋書という制約は存在せず,抽象的なキャプションで人を幻視と謎のデペイズマン――ありうべからざる光景――に誘うのである.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: LA FEMME 100 TÊTES

Author: Max Ernst

ISBN: 4309461476

© 1996 河出書房新社