▼『財務官僚の出世と人事』岸宣仁

財務官僚の出世と人事 (文春新書)

 試験の成績に関する限り,彼らは幼少の頃から「優秀」「できる子」の折り紙をつけられ,「神童」の評判を取った人物も多かったはずだ.それだけ頭のいい人物がいったいどんな出世競争を繰り広げているのか.日本一熾烈なエリート戦争,勝者と敗者を分けたものは何か?1000枚の取材メモで再現.歴代事務次官の出身高校・大学リスト付――.

 憲法制定とともに,日本の官僚は特権的な支配階級として庶民を圧倒する優位性を与えられてきた.官界に踏み込むには高等文官試験をパスしなければならず,旧帝大法学部の優遇で採用者を「選別」する.霞が関の中でも「官庁の中の官庁」「われら富士山,他は並びの山」と他省庁を圧する大蔵省が財務省に改編しても,権力の源泉は変わらない.大蔵省記者クラブ「財政研究会」を長らく取材した著者の実践メモは,本書の生命線となって,官僚の世界の競争と妬み僻み,人事の勝敗の明暗の要素を生々しく描く.

 旧大蔵省は,予算編成権を握り,国家の財政を掌握していた.族議員とのコネクションを持ち,他の省の役人では考えられない特権を行使できる部局・主計局の内実.入省の9割以上の人材が東大法学部出身,それに国家公務員上級種試験首席,司法試験一位通過といった猛者がうようよいる中で,年次トップだけが事務次官をモノにし,残りすべては退官という純粋ピラミッド機構.かつ,該当者なしとされた年次の入省者に勝者は不在ということもある.もはや,文学賞レースに匹敵する過酷さである.

 東大法総代・公務員試験・司法試験・外交官試験一位の「四冠王」でも,事務次官を逃す場合もあって,国内最高峰の頭脳集団の駆引きは,「冴え」「肝」の両刃が不可欠であることを示す.数々のエピソードから見えてくるのは,学生時代から序列の勝利の味を噛み締めてきたビューロクラートに染み付いているのは,やはり頂点への渇望であるということ.ポスト争いの紋切型のようにとらえられてきた事務次官争奪の様相は,官僚機構の生臭い人脈を支配してきた周到なメカニズムなのである.

 事務次官職の廃止の議論には一長一短がある.現実問題としては,官僚の職階制とその“飴”に魅力がなければ,切れ者に選ばれる世界ではなくなる.政治家が官僚に牛耳られることが問題になるが,官僚の立場からは,大臣・副大臣を統制する力量を持たない次官や政務官が定着せぬよう難渋し,腐心することだろう.本書で明かす間引きの論理の功罪を,政官財の立位構造を再考する材料として再考してよいはずなのだ.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 財務官僚の出世と人事

著者: 岸宣仁

ISBN: 9784166607655

© 2010 文藝春秋