イスタンブール空港でアメリカ青年ビリーが,麻薬の不法所持で逮捕され刑務所生活を余儀なくされる.そこは暴力が横行する狂気に満ちた世界だった.「ここを出なければ殺されてしまう!」ビリーはついに自分の力で“自由”をつかみ取ることを決意するのだが…. |
公開当時,誰しも「絶対にトルコで司直の手にかかりたくない」と怖気をふるった.麻薬密輸といっても,国によっては合法のハシシが2kg.1970年代のトルコ政府は,米国と中東の緊張情勢を背景に,ヘロイン密輸で国際的には白眼視されていた.ヘロインだけでなく麻薬全般ゆるすまじ,との気炎を上げる当局に,向こう見ずで愚かな小市民が囚われればどうなるか.当然のように横行する人権蹂躙の果て,30年という不当な実刑判決.容赦ない描写でその恐怖を見せつけるアラン・パーカー(Alan William Parker).
後年,社会派作品で物議を醸すオリヴァー・ストーン(William Oliver Stone)の脚本は,ビリー・ヘイズ(Billy Hayes)の窮状を過剰に描いて拘束の恐怖をアピールした.ヘイズは密告屋の舌を噛み切ったことも,看守長から犯されそうになったことも,逮捕時にはガールフレンド同伴でもなかった.本作の惨劇的なエピソードは,大半が脚色だったということだ.それ自体は大した批判の的にはならず,むしろ脱獄の隠語“深夜特急”は,乗り遅れたら永久に脱出の機会を失うという恐怖を内包していた.祖国からも見放された男が,強靭な精神力で異国の独房から脱獄するカタルシスは,人生の若い時期を異様な国家に強奪される恐怖,反動的に生成される生と自由への「渇望」と表裏一体である.
それらは確かに,数々の脚色で過激に作品に刻印しておく意義があったかもしれない.しかし製作から40年以上を経て,実話を基にした物語としての鮮度も,衝撃も陳腐化した.国家政府の横暴,国同士の折衝がいかに市民を守る担保にもならない行為であるかは,現実の政治/外交問題で露悪的なまでに顕現している.麻薬密輸どころではない.領域侵犯,拉致問題,捕虜虐待といった国際条約違反.この作品が誇張してまで出そうとした空気感をヌルく感じてしまうほどに,現実の国際問題は殺伐としており,それを如実すぎるほどに伝えるSNSがメディア的役割を果たす時代が来た.
公開当時の鑑賞者が首をすくめたのは,トルコ政府という限定化された地域ではなく,得体の知れぬ慣習が横行する体制全般への警戒としてだった.本作がいま色褪せて見えるとすれば,映画の土俵が対抗しえないほどに,荒廃した現実問題に辟易しているわれわれの「耐性」の変容を考慮する必要があるだろう.現実の「疲労感」が過去の事件の斬新さを奪ってみせることがある.奪われゆく時間を何より恐れたヘイズの体験を描いた本作は,時代を経て印象が移ろう映画の一例であるように解釈できる.
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原題: MIDNIGHT EXPRESS
監督: アラン・パーカー
121分/アメリカ/1978年
© 1978 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC.