■「砂と霧の家」ヴァディム・パールマン

砂と霧の家 [DVD]

 夫と別れ,すべてに気力を失っていたキャシーは,税金の未払いが元で,父の遺産である海辺の家を差し押さえられてしまう.それが行政の手違いとわかった時には,家はすでに,政変で国を追われアメリカへ亡命したベラーニ元大佐に買われていた.キャシーは郡警察のレスターの力を借り,家を取り戻そうとするが,家族と再出発を望むベラーニは応じようとしない.それぞれが「家」を求め,対立する彼らに,やがて悲しい運命が降りかかる….

 つて,ペルシャは砂の国と呼ばれていた.現在でもその名残はある.イスラム革命の勝利を祝いペルシャ湾に掲げられたのは,世界最大の砂旗.第6代イラン・イスラム共和国大統領マフムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)は,改革派による反政府デモと改革派指導者に対し,「彼らが投げた砂は,彼らの目に入るだろう」と冷笑した.秘密警察の幹部であったゆえ,政変で故国を追われたベラーニ元大佐とその家族は,家父長制度を固守するファミリー.亡命したアメリカの地では日雇い労働に従事しても,帰宅時には厳格にスーツを身に纏うベラーニの威厳に虚飾性はない.

 霧の立ち籠めるサンフランシスコに,家庭を喪ったキャシーの家は建っていた.行政手続きの過誤から,家は破格値でベラーニの手に渡り,キャシーは路頭に迷う.ウクライナキエフに生まれ,西ヨーロッパ,ウィーンやローマで移民として過ごしたヴァディム・パールマン(Vadim Perelman)は,流浪の生活の侘しさを熟知している.ローマでカナダ行きの渡航ビザを待ちながら,屑拾いでホームレスまがいの生活を経験したこともあるという.購入した家を生活再建の基盤にしたいベラーニ.亡父の遺産である家を理不尽に取り上げられたキャシー.

 所有権をめぐる両者の主張は妥協点がなく,激昂するばかり.行政は当事者の話し合いを重んじる姿勢で,完全に腰が引けている.キャシーを指し静けさを破る夜鶯(ナイチンゲール)に喩えたベラーニ一家だが,読み違いをした.14世紀イランの詩人ハーフェズ(Hafez)の詩に詠まれたとおり,イランの鳥占いでは,夜鶯は吉凶を呼び込む徴候.対立の支点である「家」は,“ハウス”と“ファミリー”の二面を示しながら,それ自体に能動性を持たない.新旧の所有者各自が正義を主張する局面に,権力の執行者副保安官が欺瞞的に介入しバランスが崩される.この男こそ夜鶯ととらえられるべきだった.

 砂と霧の家は,砂あるいは霧の家.希望とそれにまつわる努力は尊いものだが,同時に良識や配慮というものが覆い隠される危険がある.引き起こされる悲劇の絶望感.ベン・キングズレー(Ben Kingsley)の射すような眼光.家族の助命を請い聖地へ捧げる彼の決死の祈り.一つの家族の消滅を見下ろす「家」の寒々しさ――相手の人間性を確かめる以前に,マイノリティ同士が反目し憎み合った帰結は,残酷すぎるものだ.静けさの中に,陶然たる文学性をもった作品である.

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原題: HOUSE OF SAND AND FOG

監督: ヴァディム・パールマン

126分/アメリカ/2003年

© 2003 Dreamworks LLC