■「残像」アンジェイ・ワイダ

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 第二次世界大戦後,スターリン主義時代のポーランド.中部の都市ウッチに暮らす,画家で大学教授のストゥシェミンスキは,戦争で片手片足を失っていた.ある日彼は,自分を慕う学生たちに芸術の自由について説くのだが,その後,自宅アトリエをおおい尽くしたスターリンの肖像が描かれた垂れ幕を切り裂いた事で,警察に連行されてしまう….

 後のポーランド人民共和国スターリン化の過程で親ソビエト共産主義政府によって強制された政治的および美学的な教義――ポーランド社会主義リアリズム――.そこでの描画は党首の肖像画,筋骨隆々の労働者,戦闘シーンなどに限定され,大衆の好みに合わせて特別な調整がなされた.“芸術は政治を反映する"という体制の理念に対し,スターリニズム以前に教育を受けた画家は,社会主義リアリズムを拒絶したことで社会的に抹殺された.前衛画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(Władysław Strzemiński)の晩年を扱う本作は,ひとりの芸術家の肉体的,道徳的な崩壊を容赦なく描き出す.

 ストゥシェミンスキは,1945 年に国立高等視覚芸術学校の講師になり,この機関に芸術エネルギーを注ぎ続け,その功績の 1 つは「空間視覚芸術学科」の創設にあった.1948年に「光の残像」と呼ばれる一連の絵画を制作している.その作品群は,太陽を見ることによって引き起こされる光学的印象を記録するものだった.ポーランド中央当局はソ連の傀儡政府で,あらゆる芸術はマルクス・レーニン主義に基づき,社会主義形成に役立つものでなければならない――絶対とされた教義に背き,反省も恭順も見せなかったストゥシェミンスキは,文化芸術省の決定により国立高等視覚芸術学校の職を追われた.

 教師の地位や芸術家組合からの追放,絵を描く可能性そのものを剥奪された恩師を救おうとした教え子たちの連帯と努力も空しく,芸術と政治の境界を死守した彼は,芸術家の魂を失わない引換えに肉体は耐えきれず消滅する.巨匠アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda)が一貫して描き続けた悲惨なポーランド史の「レジスタンス」は,本作で終止符を打たれた.ストゥシェミンスキの重視した前衛技法としての光学的印象では,何らかの対象を見つめ続けた後,その対象が「補色」――たとえば「赤」の対応色は「青」「緑」――となって網膜にしばらく残る.プロパガンダの道具としての芸術の価値,独断的なリアリズムの疑似的な規範を厳しく問い続けたワイダは,かつて戒厳令で映画人協会会長の職を追われ,共産党体制の弾圧を受けながらも創作活動を続けた.

ものを見ると目に像が映る.見るのをやめて視線をそらすと,今度はそれが残像として目の中に残る.残像は形こそ同じだが「補色」なんだ.残像はものを見たあと網膜に残る色なんだよ

 ワイダ亡き今,人間の自由と尊厳を「残像」として何が相補的なアヴァンギャルドとして流転し,残されるかを再考する意義は高まっている.国立高等視覚芸術学校の置かれていたウッチで,美術アカデミーの生徒の作品として紹介されているヤクブ・ステピエン(Jakub Stepien)の作品は,アルトゥール・ナハト=サンボルスキー(Artur Nacht-Samborski)《テーブルの上の白い花瓶の葉》(1970年頃,ワルシャワ国立美術館),ヤン・チビス(Jan Cybis)《静物》(1971年,ワルシャワ国立美術館)の美術に倣った作品である.

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原題: POWIDOKI

監督: アンジェイ・ワイダ

99分/ポーランド/2016年

© 2016 AKSON STUDIO